止めなくちゃ。
石畳の街“トレント”は、昼の光で眩しく輝いていた。
露店には色鮮やかな布、果実、香料。行き交う人々の声が響き、馬車の車輪が乾いた音を立てる。
そんな中――エマの視線が、ふと人混みの中の二つの影を捉えた。
金色の髪を風になびかせる青年。
その隣には、白衣をまとった少女。
二人は笑いながら、市場をゆっくりと歩いていた。
――皇子と、聖女。
(……嘘、どうしてここに……!?)
エマの心臓が跳ねた。
まさか、もう出会ってしまうなんて――ゲームの“あのイベント”そのものだ。
この瞬間から、すべてが変わってしまう。
「……あら、何かあったの?」
レティシアの穏やかな声。
エマは反射的に身を乗り出して、窓の外を手で遮った。
「いえ!…あの、少々風が強くて、砂が入るかと」
「そう?」
レティシアは少し首を傾げる。
だが外から聞こえるざわめきが、彼女の好奇心を抑えきれなくしていた。
人々の歓声。拍手。
「殿下だ!」という声。
駄目、見ちゃ……!
「……ねぇ、エマ。今の声……」
レティシアは窓のカーテンをそっと押しのけた。
その瞬間、視界が開ける。
陽の光の中で、微笑む皇子と聖女。
寄り添い、幸せそうに笑っていた。
――時間が止まった。
レティシアの口元から、音が消えた。
いつも柔らかく弧を描いていた笑顔が、ゆっくりと解け落ちていく。
視線の奥にあった光が、薄れていく。
そして、ただ静かに呟いた。
「……そっか」
エマは息を呑んだ。
駄目だ、ここで心を折らせちゃ……!
馬車は領主の館の前で止まる。
石造りの荘厳な門。豪奢な紋章。
カレンが先に降りて、領主のもとへと向かう。
扉が閉まり、馬車の中には、エマとレティシアだけが残された。
沈黙。
風の音だけが、外の世界と繋がっている。
「……レティシア様、ご降車を。」
エマが優しく促す。
しかし、レティシアは動かない。
俯いたまま、膝の上の指をぎゅっと握りしめた。
そして、小さく笑った。
「……私って、そんなに……“代わりになれない人”なのかな。」
震えた声が、心に刺さる。
涙を隠すように、笑みを作る彼女の頬が揺れた。
エマは何も言えず、ただその横顔を見つめるしかなかった。
――駄目だ。このままじゃ、ゲームの通りになる。いや、ゲーム以上の…
エマの頭の中に、あのイベントシーンが蘇る。
この後、皇子と聖女が領主館を訪れ、偶然―――三人が出会う。
その瞬間、レティシアの運命は決定する。
"悪役令嬢"としての道を歩み始める。
ただ、あの二人を一度見ている。ただでさえ心が折れてるのに…このまま来てしまえば追い打ちをかけることになってしまう。
ど、どうすればいいの!?どうやって止めれば…!!
窓の外には、すでに皇子と聖女の二人が乗った馬車が見えていた。
近づいてくる馬車の音。
エマは立ち上がる。
息を整え、扉のノブに手をかけた。
―――変えなくちゃ。この不条理を




