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エマの毎日

朝の光が差し込むよりも早く、エマは目を覚ました。

まだ屋敷の中は静まり返っており、鳥の声と、遠くの森を渡る風の音だけが響いている。


寝台を整え、顔を洗い、鏡で髪を結ぶ。無駄な動きは一つもない。

"無駄を省き、最低限で高ノルマ"ブラック企業で学んでよかったと思える唯一のことだ。

今日も、いつも通りの一日を始める。


レティシアの朝食を確認し、書斎の机に昨日まとめた書類を並べる。そして今日の予定表を確認する


「午前、礼儀作法……午後、数学。明日は……魔法理論、ね」


日程を読み上げながら、エマは手元の手帳に細かく書き込んでいく。書くたびにページの端が少しずつ膨らんでいくのが、妙に愛おしい。


途中、廊下から「きゃっ!?」という甲高い声。

急いで向かうと、廊下の隅でレティシアが顔を真っ赤にしている。

「レティシア様、また花瓶を……」

「だ、だって掃除中にちょっと引っかかっちゃって!!」

「大丈夫です、私が片づけますので」

慌てて破片を集めながら、エマは小さく息を吐く。

――尻拭いもまた、侍女の務め。


掃除を終え、昼は読書の時間。

エマの膝の上には分厚い書籍――『剣技体系論 第一巻』。

剣術に関する文献を読み漁っているのだ。

「握り方…は、こう…なにこれ、示現流みたい…」

ページをめくるたび、心の奥に火が灯る。自分の血に流れる剣士の誇りが、静かに呼吸を始める。


午後。レティシアが勉強をしている間、エマは厨房で紅茶を淹れる。

ティーポットにお湯を注ぎながら、ふと母から教わった小さな知恵を思い出した。

――「紅茶はお湯を注ぐ前に、ポットを一度温めるといいのよ」

香りが逃げず、味も柔らかくなる。

実際に試してみると、ほのかに立ちのぼる香気が違った。

「なーるほど…こういうことね」


夕暮れ、屋敷は穏やかな沈黙に包まれる。

レティシアはすでに寝室へ。

エマは一人、中庭に立っていた。


月光が芝を淡く照らし、空気が冷たく張り詰めている。

彼女の前には巻布でできた案山子。

――双剣の練習。


静かに構えを取る。呼吸を整える。


「―――レンデルム流双剣術――龍弥煌々(りゅうびこうこう)


その言葉とともに、空気が震えた。

一歩、踏み込み。

シャッ、シャッ、シャッ――十数の斬撃が風を裂き、草が舞い上がる。

止まった時には、呼吸すら忘れていた。

「……こっちの世界のお父さんは、これをやってのけてるのね…」


そしてもう一度、構え直す。

今度は動きが柔らかく、剣が揺らぐように踊る。

揺らぐ憐貂(ゆらぐりんてん)

左右から交差する双剣が、空中で光の軌跡を描く。まるで風そのものを斬るような、儚くも美しい動き。


ふっと息をつき、夜空を見上げた。

星が瞬いている。

「……私も、もう少しだけ、強くなりたい」

その呟きは、静かな夜に溶けていった。


屋敷に戻る途中、書斎の机に置きっぱなしの紅茶が冷めていた。

それを見て、小さく微笑む。

「……冷めても、香りは残る…ね」


そしてエマは、灯を消した。

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