剣技をお見せします
庭に朝の光が差し込み、露が白く輝いていた。
私はゆっくりと剣を握る。冷たさが、掌に馴染む。
……その瞬間、空気が変わった。
風が止み、鳥の囀りさえ遠ざかる。
世界の輪郭が静かに沈んでいくようだった。
「え、エマ……?」
レティシアの声がかすかに震える。
私は呼吸を整え、自然に口が動いていた。
――覚えた覚えのない言葉を、まるで昔から染みついていたように。
「レンデルム流抜剣術――跋扈龍麗」
言葉が終わるより早く、身体が動いた。
足が土を裂き、風を切り裂き、剣が光を引く。
一閃、二閃、三閃。
瞬きの間に、三つの斬撃が重なり、木製の標的が音もなく崩れ落ちた。
沈黙。
ただ、衣の裾を掠める風音だけが残る。
「……な、何あれ……!?」
レティシアの瞳が大きく見開かれる。
「見たことない……剣技……!すごいじゃない、エマ!!」
私は剣を下ろしながら、呼吸を整えた。
胸の奥が、ざわつく。
――今の技。知っているはずがない。
だが確かに、体が覚えていた。
“レンデルム流”。
頭の片隅に、遠い記憶がよみがえる。
ゲームの裏ルートで語られた、彼女――いや、“私”の出自。
レンデルム家。
「レンデルム有りてこの国有り」と呼ばれた、王国最強の騎士家。
その家の娘が――エマ・レンデルム。
父はレンデルム騎士団団長。
この騎士団もまた精鋭であり最強。
この騎士団のお陰で幾度となく他国からの侵略を退けてきた。
国の守護を担う、伝説と呼ばれる男。
裏ルートでは、レティシアと共に逃亡するエマを追い詰め、そして――
自らの手で殺める。
……でも、本当の彼は――
優しく、強く、世界でいちばん尊敬できる父だった。
「エマ、もう一回!今の、もう一度見せて!!」
レティシアの声が弾む。
無邪気な笑顔が、胸に刺さった。
私は首を横に振る。
今初めて使えるようになった剣技。この剣技の使い方も今一回まぐれで出せたものかもしれない。
そして、そして…これは父の剣技だ。
「申し訳ありません。……今の私には、使えない技です」
「え?」
「磨きます。もっと強く、正確に。だから――」
少しだけ笑って、言葉を続けた。
「その時に、見ていただけますか?」
レティシアは、一瞬きょとんとしたあと、
照れくさそうに微笑んだ。
「……うん。絶対、約束よ」
その笑顔を見ながら、私は静かに剣を鞘に納めた。




