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07.愚者の末路


 国王の「修道院へ幽閉」という言葉を聞いた瞬間、トラバルト子爵は膝から崩れ落ち、頭を抱えてすすり泣いた。しかし、当事者であるレインの反応は、周囲の予想を超えたものだった。


「いや! 嫌よ、修道院なんて!」


 レインは突然、ヒステリックな甲高い叫び声を上げ、その場に突っ伏して駄々をこね始めた。


「私は悪くない! 私が間違っているなんて嘘よ! マナーなんてどうでもいいじゃない! みんな私のこと可愛くて羨ましいんでしょ!? シルヴァンは私を愛してる! カテリーナは可愛げがないから、シルヴァンから愛されなかっただけなのよ!」


 彼女は、自分の愚行がもたらした重大な結果を全く理解できていなかった。ただただ、自分の欲望が満たされないこと、罰を受けることに激昂していた。


「殿下! デイヴィット殿下!」


 レインは、次に王太子デイヴィットに這い寄り、彼の足元に縋りついた。


「殿下は、私のことをわかってくださるわ! 私は運命の番なんです! 私を救ってください! 殿下の隣にいるのは、こんな冷たい女じゃなくて、私でしょ!?」


 彼女の醜態は、国王陛下の執務室という厳粛な場を完全に汚していた。国王の顔には怒りがにじみ、デイヴィットは顔を顰めて、一歩後ずさった。


「レイン嬢。貴女が言う『運命』とやらは、貴族の義務や責務の前では、何の効力も持たない。私にとっての『王妃の器』は、公衆の場で冷静沈着な対応ができ、貴族社会の秩序を理解している女性だ。貴女ではない」


 デイヴィットは冷たく言い放ち、レインの訴えを完全に拒絶した。その瞬間、カテリーナの糸が切れた。この女は、自身を庇おうとした父親の姿すら見ていない。愚かにもほどがある。カテリーナは、レインの顔を見下ろし、静かに、しかし有無を言わせぬ声で言った。


「トラバルト子爵令嬢。貴女は、恥を知りなさい」


 そして、大きく振りかぶって、レインの頬を平手打ちした。


 パァン! と、乾いた衝撃音が静まり返った執務室に響き渡る。


「ヒッ……!」


 打たれた衝撃と、予想外の暴力に、レインは泣き止み、硬直した。カテリーナは、怒りで肩を震わせながらも、冷徹な理性を保っていた。


「貴女のその幼稚な言動が、貴女の父上を、そしてトラバルト家を、奈落の底へ突き落としているのです! ご自身の行いが、どれほど重大な結果を招いているか、その腫れた頬でよく理解なさい!」


 カテリーナは、激しく叱責した。レインは、初めて心から恐怖し、身を震わせる。


「私の冷たい態度? えぇ、その通りですわ。貴女の常識のない愚行に付き合うほど、私には暇も優しさもありませんでした。ですが、それは貴族としての義務を果たした結果です! 貴女の『愛されたい』という私的な感情で、公的な場を、そして私の人生を汚さないでくださいませ!」


 カテリーナの怒りは正当なものだった。国王も、アッシュレイ公爵も、その剣幕に何も言えなかった。カテリーナの激しい叱責の後、国王は静かに咳払いをした。


「……カテリーナ嬢、貴女の気持ちは理解する。トラバルト子爵、娘の愚行が招いた結果だ。最早、庇いきれぬ」


 国王は、最終的な裁定を下した。


「レイン・トラバルトは、本日をもって修道院へ幽閉とする。そして、トラバルト子爵家は、娘の教育、及び貴族としての義務の放棄を重く見て、爵位を剥奪し、家門断絶とする」


 爵位剥奪と家門断絶。それは、子爵家にとって文字通りの死刑宣告だった。トラバルト子爵は、嗚咽を漏らしながらも、何も言い返せなかった。


 これで、カテリーナを苦しめた二人の悪役は、完全に断罪された。シルヴァンは追放され、レインは修道院送り、そしてトラバルト家は断絶。カテリーナは、深く息を吐き、初めて心からの安堵を覚えた。これで、円環の楔は完全に断ち切られた。

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