06.断罪~後編~
卒業式典の直後、関係者全員が国王陛下の執務室に招集された。場には国王、王太子デイヴィット、そして当事者であるカテリーナ、シルヴァン、レイン。そして、来賓席にいたアッシュレイ公爵、トラバルト子爵、シルクレイド公爵も列席していた。国王は、椅子に深く腰掛け、両手を組み、静かに口を開いた。
「この国の将来を担う次世代が、あのような醜聞を公衆の面前で晒したことは、誠に遺憾である。これより、件の公爵令息および子爵令嬢の処遇を定める」
重々しい国王の言葉に、シルヴァンは顔面を蒼白にさせ、レインはぶるぶると震えている。まず口を開いたのは、アッシュレイ公爵だった。彼は立ち上がり、深く頭を垂れた。
「陛下。この度は、私の息子、シルヴァンの愚行により、貴国とシルクレイド公爵家に対し、多大なる恥とご迷惑をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます」
公爵は、息子を一度も見ることなく、絞り出すように言葉を続ける。
「シルヴァンは、公爵家を継ぐ者として、貴族の鉄則たる『マナーと常識』を完全に欠如しておりました。また、公然と婚約者であるカテリーナ嬢を貶める、不当かつ幼稚な振る舞いに及びました。次期公爵としての器に、全く相応しくありません」
公爵は深呼吸をし、周囲の視線に耐えながら、断罪の宣言を口にした。
「故に、私、アッシュレイ公爵家当主ルーファス・ド・アッシュレイは、本日をもって息子シルヴァン・ル・アッシュレイを公爵家より廃嫡とし、王都より追放いたします。将来、如何なる状況においても、彼が公爵家の名を名乗ること、また王都へ戻ることを禁じます」
その言葉に、シルヴァンは「父上!」と叫ぼうとしたが、デイヴィットの放つ静かな威圧感に気圧され、声が出なかった。アッシュレイ公爵は、その場に崩れ落ちそうなシルヴァンを一瞥もせず、国王に再度頭を下げた。シルクレイド公爵は、静かに頷き、その決断を受け入れた。
次に裁定が下されるのは、レイン・トラバルトだ。国王はトラバルト子爵に視線を向けた。
「トラバルト子爵。貴族の娘として、マナーも序列もわきまえぬ令嬢を育てた責任、そして彼女の虚言と愚行がもたらした貴族社会の混乱。貴殿はどう考える?」
「も、申し訳ございません! 陛下!」
トラバルト子爵は、ガクガクと震えながら国王の足元に這いつくばった。
「私の娘の教育不足、全ては私の不徳の致すところでございます! レインは、ただ単に世間知らずなだけでして……純粋にシルヴァン殿下を慕い、カテリーナ嬢の冷たい態度に……」
子爵は、泣きながら娘を庇おうとする。しかし、その言葉は、娘の愚かさを認めているに過ぎなかった。
「冷たい態度、ですって?」
カテリーナは、初めて声を荒らげた。
「子爵様。私は常に、マナーと貴族の序列に従い、トラバルト嬢の過ちを指摘し、公爵令嬢として、次期公爵夫人としての務めを果たそうとしました。その忠告を『冷たい態度』と捉え、逆恨みにより虚言を重ね、公衆の面前で恋人の婚約者を不貞の罪に陥れようとしたのは、貴方の家のご令嬢です!」
カテリーナの凛とした声に、子爵は顔面を覆う。
「マナー違反、ドレスコード違反、虚言、そして王族への告発未遂。これら全て、貴族社会の秩序を乱す、重大な罪です。彼女は、『純粋』ではなく、『愚か』なのです!」
カテリーナの言葉に、デイヴィットも「その通りだ」と頷いた。
「子爵、娘を庇う気持ちは理解する。だが、貴族の娘として、国王と王族の御前で、私的な感情を爆発させ、虚偽の申告をした罪は重い。貴族の身分は、責務を果たすことによって保たれるのだ」
国王は、子爵の懇願を冷たく切り捨てた。
「トラバルト子爵令嬢レインには、即刻、修道院へ幽閉を命じる。彼女の言動は、一族の血筋に瑕をつけるものと判断する。そして、トラバルト子爵家は……」
国王の瞳が、静かに光る。その裁定は、トラバルト家にとって、地獄にも等しいものだった。