04.卒業式典での断罪の始まり
テラスでの警告から数ヵ月後。学園の卒業式典の日が訪れた。
来賓席には国王陛下を始め、アッシュレイ公爵、トラバルト子爵、そしてシルクレイド公爵が並んでいた。卒業生たちが厳粛な面持ちで式典に臨む中、シルヴァンとレインは会場の隅でひそひそと何かを話し込んでいる。
カテリーナは卒業生代表として中央に立つべき位置につき、来賓席を盗み見る。父・シルクレイド公爵は、いつものように穏やかだが、どこか楽しげな笑みを浮かべていた。(かなりお怒りのようだわ。後でお父様を労って差し上げねばなりませんね)───その時だった。
「カテリーナ・フォン・シルクレイド、貴女には失望した。貴女との婚約は破棄させていただく」
まるで壇上の演説のように声を荒げ、シルヴァン・ル・アッシュレイ公爵令息がそう告げた。その傍らには、目に涙を溜め、こちらを睨み付けているレイン・トラバルト子爵令嬢。
式典は中断し、会場全体が静まり返る。シルヴァンとレインは、まるで姫と騎士のような悲劇の主人公を演じているつもりなのだろう。
(失望? あなた方に私がするのではなくて? この方々はお馬鹿さんなのかしら?)
カテリーナの冷ややかな視線すら気付かず、彼らは陶酔している。彼らが忘れているように、ここは国王陛下まで来賓として参加している厳粛な卒業式典の最中なのだ。
来賓席では、アッシュレイ公爵が壮大な溜め息を吐き、トラバルト子爵は顔色を悪くして今にも倒れそうだ。国王は事の成り行きを静観する構えを見せていた。カテリーナは静かに、そして毅然と口を開いた。
「シルヴァン様、私がシルヴァン様を失望させた理由と……今シルヴァン様がトラバルト嬢を庇護されている理由は一致するのでしょうか?」
「一致するとも!」
声を荒げるシルヴァン。静まり返った会場内に、カテリーナの穏やかな声が通った。
「では、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
レインはその一言に肩を震わせ、シルヴァンの背中に顔を埋めた。
「あくまでもシラを切るつもりか?」
「身に覚えがありませんもの」
怒りで拳を震わせながら問い掛けるシルヴァンを、カテリーナはあえて怒らせるように淡々と答えた。
「お前はレインをお茶会に呼ばなかったそうだな?」
「呼ばなかったのではありません。呼べなかった、と言うのが正しいですわ」
「呼べなかっただと?」
「嘘! 嘘よ! シルヴァン、騙されないで!」
続きを話そうとするカテリーナを遮り、レインは悲劇のヒロインかのように目に涙を溢れんばかりに溜めて声を上げた。その様子にカテリーナは小さく溜め息を吐いた。
「えぇ。理由を申し上げましょうか?」
カテリーナはそこで区切り、相手の出方を待つ。シルヴァンは話くらいは聞いてやろうという態度だ。そう結論付け、カテリーナは口を開いた。
「上座には主催者及び公爵や侯爵等の高位貴族が座るものです。そして、伯爵位……子爵位と続き、下座に男爵位の者が座る。それがマナーというものだと誰もが理解していると思っておりましたわ」
「それは当然だが……」
「しかしながら、トラバルト嬢はそのマナーをご理解しておりませんでした。何故か上座にお座りになられて……」
カテリーナはレインを見据える。レインはシルヴァンの背に隠れ、カテリーナを見ることはなかった。シルヴァンは訝しげな顔でカテリーナを見ていた。
「主催のご令嬢や私が都度マナーについてお伝えしたのですが、『席なんて早い者勝ちでしょう? 偉い人が良い席に座るとか理解できない』と仰られまして……。ご理解いただけず、ご自身の過ちにもお気付きになられないので、苦肉の策としてトラバルト嬢をお誘いしないということになりましたの」
「嘘よ、私がシルヴァンと懇意にしているから嫉妬したんでしょう!」
キッとレインがシルヴァン越しにカテリーナを睨む。カテリーナはそれを涼やかにスルーした。
「仕方ありませんわよね? マナーを違反されたまま参加されては、上に立つものとして示しがつきませんもの。序列を乱す者が淘汰された……それだけのお話ですわ」
シルヴァンはカテリーナの話に驚き、レインを見る。自分を潤んだ瞳で見てくる彼女に気圧されそうになった自分を奮い立たせ、咳払いをした。
「……………。お茶会の件は理解したが、まだ他にもあるぞ! レインのドレスをダメにしたそうじゃないか!」
ドレスと言われてもカテリーナはピンとこない。思案のため首をかしげる。
「後夜祭のパーティー……」
「あぁ、あの破廉恥な布のことでしょうか?」
「そうよ! 折角仕立てたのに……」
「あのままパーティーにご出席されていましたら、トラバルト嬢は針の筵になるところでした」
「それとドレスをダメにする件が結び付かないが?」
シルヴァンはカテリーナを睨み付ける。
「本当に結び付きませんか? ご自身で考えましたか?」
諭すように話すカテリーナ。シルヴァンは何も言わない。レインの話を信じる、ということらしい。カテリーナは肩を竦め語りだした。
「でしたら説明いたしましょう。婚姻をしていない令嬢は、肌を露出するようなドレスはマナー違反です。胸元を大胆にカットすることも、ドレスにスリットを入れることもなりません。しかし、トラバルト嬢のご用意されたドレスは……」
件のドレスを思い出し、カテリーナは顔を青くした。
「胸元も背中も肌がよく見えておりまして……足も惜しげもなく晒すような代物したわ。あのままではトラバルト嬢は『娼婦』と揶揄われてしまうと思い、着れぬように汚させていただきました」
「なっ!」
「個人の自由でしょ! どんなドレスを着ようが!」
絶句するシルヴァンと噛み付くレイン。周囲はこのスキャンダラスなやり取りに黙視を続けている。
「確かにパーティーの着衣は個人の自由です。しかし、マナーやモラルを重んじることがその根底にあります。自由の意味を履き違えてはなりません」
きっぱりそう言い切るカテリーナ。レインは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「他にはまだございますか? トラバルト嬢からの申し立ては……」
カテリーナは、早くこの茶番を切り上げたくなってきていた。
「まだあるぞ! 王太子殿下と親密な関係だそうだな」
カテリーナの返しに死にかけていたシルヴァンが息を吹き返す。余計なことをしたと気づいたときには既に遅かった。新たな燃料が注がれたのだから。カテリーナは大きな溜め息を吐き、額に手を翳した。
「おや、遂に私の出番かな?」
にこやかにこちらに近付いてくるのは、先程話題に上がった人物――この国の王太子である、デイヴィット・ラル・フローレンだった。




