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02.珈琲の苦味


「シルヴァン・ル・アッシュレイ公爵令息とレイン・トラバルト子爵令嬢について内密に調べてほしい?」


 カテリーナは、会った情報屋すべてにそう依頼した。どの相手も最初は怪訝そうな顔をしていたが、相手が公爵令嬢であるカテリーナ・フォン・シルクレイドだからか、横柄な態度で吹っ掛けてきた。恐らく、父親のランドロフや弟のソルベであれば、彼らはここまで横柄にはならなかっただろう。カテリーナが公爵夫人になるために築いた情報網の片鱗を掴み、その上で口を開いた。


「あら? 確か……貴方には病弱な奥方がいましたわよね? 報酬は優秀な医者の紹介と医療費の8割負担でしたのに……交渉決裂ですわね」


 ふぅ、と重い溜め息を吐き、「もう帰ってよろしいですわ」と告げた。相手は家族を人質にするのかと喚いたが、リリーはにっこりと笑い「貴方と同じようなことをしたまでですわよ?」と返す。


 少し前に自身がカテリーナに横柄な態度で吹っ掛けたことを思い出し、相手は目を彷徨わせながら思案した結果――交渉は成立した。


「わかっているかと思いますが、アッシュレイ公爵側に話を持ち掛けたら………」

「わかっている! お嬢様は中々に強かじゃないか……何で俺なんかに」

「シルクレイド公爵の息がかかっていない、第三者の証言が必要とわかっているのではなくて?」

「ははは、まいった。降参だ。お嬢様の依頼を受けましょう」


 リリーはこの調子で会った情報屋と次々に契約を結んだ。その傍らで、サマンサにはレイン付の侍女に接近してもらい、自身のお嬢様について話を聞くように伝えた。





 情報屋の定期連絡を確認しながらも、リリーはカテリーナとして厚顔無恥に振る舞うシルヴァンとレインを嗜めていた。窘めなくては不自然だからと、半ば義務のように行っている。


 ある日、カテリーナが呼ばれたお茶会に向かうと、主催であるディミアン伯爵令嬢のリリアナが真っ青な顔をしていた。


「リリアナ様、本日はご招待くださりありがとうございます。あら? 顔色が悪いようですが、いかがなさいましたの?」


 リリアナはカテリーナの問いに手を震わせながら答えた。


「レイン様もお呼びしたのですが……あの通り上座に座られてしまいまして。そのお席は私の席ですとお伝えしても、『学園内では身分は関係ないでしょ? じゃ、どこ座ってもいいじゃん!』と返されてしまって……困り果てていたのです」


 視線を茶席の上座に向ければ、既に座っているレインの姿があった。他の子爵・男爵位の令嬢にも「早い者勝ちだから座っちゃいなよ」なんて話している。カテリーナは内心(お馬鹿さんなのかしら?)と思いながら、大きく溜め息を吐いてレインの元へ向かった。


「トラバルト子爵令嬢、レイン様。こちらのお席は本日の主催である、リリアナ様のお席です。離席くださいませ」

「いやよ」

「何故ですか? 失礼ではありますが、此度のお茶会の主催者はレイン様でしょうか?」

「違うけど。嫌なものはいや」

「マナー講座のお時間の際に学びましたでしょう? お茶会は主催から始まり高位貴族が後に続き座る、と」

「何かそんなこと言ってた気もするけど、学園内ではみんな平等でしょ? だったら、マナーは関係ないじゃん。好きなところに座ればいいのよ」


 レインには何を言ってもダメであった。カテリーナとレインのやり取りを見守っていたが、我慢出来なくなったリリアナは叫ぶ。


「レイン様、お引き取りください! これ以上私のお茶会を引っ掻き回さないで!」


 泣き崩れるリリアナの肩を支えるカテリーナ。そんな二人を睨みつけたレイン。


「ねぇ、聞いた? 帰れって。酷くない? 私は学園の方針に従っただけなのにさ。帰る人は一緒にカフェテリアに行かない? お茶会しましょう」


 レインは被害者顔で周りに話したが場は白け、他の令嬢達はレインに続くことはなかった。その様子に顔を真っ赤にしてレインは叫んだ。


「カテリーナ嬢、シルヴァンは貴女のモノにはならないから! 後で恥をかいても知らないわよ」

「恥はかきませんので大丈夫ですわ」


 カテリーナは余裕のある笑みでレインを見据える。その姿にますます顔を赤くして「こんなお茶会なんて、こっちから願い下げだわ」と去っていくのだった。







 舞踏会当日。カテリーナはサマンサ経由で、レイン付メイドの嘆きを耳にした。


「その話は本当なの?」


 思わず耳を疑う。しかし、サマンサが連れてきたレインのメイド――メリアは真っ青な顔で報告してくる。


「カテリーナ様、お願いでございます。レイン様を、お嬢様をお助けください。あのようなお召し物で舞踏会に赴けば、トラバルト子爵家の恥でございます」


 聞いた限り、未婚の令嬢が着るような代物ではないらしい。カテリーナは内心(これが後の断罪理由になる『破廉恥ドレス』ね)と確信した。


「サマンサ、コーヒーの用意を」

「かしこまりました」

「メリア、と言いましたか? レイン様の足止めは可能でしょうか?」

「は、はい!」

「直ぐに向かいますので、足止めをお願いしますね」


 メリアは慌ててレインの部屋へと戻っていった。リリーはこれから起こるであろうことに頭を抱える。サマンサの様子を確認し、レインの元へ向かうのだった。


「レイン様、その格好はお止めください」

「煩いわね、好きなドレスで出るんだから。メイドは黙ってなさいよ!」




 カテリーナが部屋へ到着する頃にはレインとメリアは言い争っており、何事かと周りの部屋の令嬢達が興味津々な顔で見ていた。


「何事ですか? 騒々しい」


 メリアに頼まれたからではなく、喧騒により現れた体で揉める二人に近付くカテリーナ。


「あ、カテリーナ様うちのメイドが煩くしてすみません」


 あくまでも騒いだのはメリアのみであると主張するレイン。そんな彼女の装いにカテリーナは眩暈を起こしそうになる。


 胸元は大きく開き胸の渓谷を強調しており、背中もこれまた大胆に晒している。更にはタイト気味なスカートにはスリットがまたまた大胆に施され、動く度に素足が垣間見えてしまっていた。


 周りに集まった令嬢達も言葉を失くし立ち尽くしている。カテリーナは酷くなる頭痛と戦いながら、レインに問うた。


「レイン様、今日の装いは些か場にそぐわないお召し物ではなくて?」


 レインはニヤつきながら返してきた。


「ふふふ、カテリーナ様ったらシルヴァンがこの衣装で悩殺されないか心配してるのぉう?」


 会話が成立せずカテリーナは頭を抱える。周りもヒヤヒヤしながら成り行きを見守っていた。


「シルヴァン様がそのお召し物を纏ったレイン様に惹かれてしまったら、そのときは仕方ありませんわね。けれど……」


 ちらりと脇を見る。サマンサが冷ましたコーヒーを用意している姿が確認できた。


「学園の恥になるので、その格好では舞踏会に出席はさせませんわ」


 カテリーナにコーヒーを渡し身を引くサマンサ。カテリーナは優雅に、だが躊躇なく、腿から下をコーヒーで汚した。


「あ、あああああ……ヒドイ……」


 汚された裾を持ち上げ嘆くレイン。メリアは直ぐ様レインを立ちあがらせて、着替えさせるべく引っ込ませた。


「皆様お騒がせ致しましたわ。レイン様の件でしたらもう大丈夫でしょう。先程見掛けましたおぞましいお召し物については、他言無用でお願い致しますわ」


 カテリーナは集まった令嬢にそう告げその場を去った。これで、断罪理由の二つ目とそれに対抗する証拠も証人も確保した。

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