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10.王妃の器と華燭の典


 デイヴィット殿下との婚約は、貴族社会に大きな衝撃と祝福をもって迎えられた。数日後には、正式な婚約式が執り行われることになっていた。カテリーナは、最後の準備のため王宮内の控え室にいた。そこへ、侍女が慌てた様子で駆け込んできた。


「お嬢様、大変でございます! セラフィム公爵令嬢ティアラ様が、お兄様のアンドレ様とご一緒に、お目通りを求めていらっしゃいます!」


 セラフィム公爵家は、長らく王太子妃の座を狙っていた名門貴族だ。ティアラは、自身こそがデイヴィットの婚約者になるべきだと信じて疑わないライバルである。カテリーナは、フッと笑った。


(ふむ、最後の悪あがきですわね。カテリーナの人生を汚そうとした元婚約者達が消え去った今、この手の雑音は無視できませんわ)


「お通しなさい。ただし、時間を厳守することを、丁重にお伝えして」


 カテリーナの指示通り、ティアラと兄のアンドレが控え室に入ってきた。ティアラは、カテリーナの豪奢なドレスと落ち着いた佇まいを見て、顔を歪ませた。


「カテリーナ様。ご婚約おめでとうございます。ですが、一度婚約破棄された傷物が、この国の王太子妃になれるとお思いで?」


 ティアラは、核心を突く言葉を、あえて優雅な笑みに隠して放った。アンドレも同調し、カテリーナを軽蔑の眼差しで見下ろした。


「そうだ。王家は体面を重んじる。一度傷つけられた貴女は、所詮瑕物(きずもの)。デイヴィット殿下への愛があるなら、この婚約は辞退すべきだ」


 カテリーナは、静かに椅子から立ち上がり、二人の目を見据えた。


「瑕物、ですか。セラフィム公爵令息アンドレ様。その認識が、貴族社会、ひいては王家の秩序を理解できていない証拠ですわ」


 カテリーナは、冷徹なロジックで反論を開始した。


「私への婚約破棄は、マナーと貴族の序列を無視し、虚偽の申告に及んだ愚者の行い。国王陛下の裁定により、それは貴族社会の不純物を排除するための儀式として結論付けられました。私に瑕があるのではなく、私を瑕物だと見做す者たちの判断こそが、瑕なのです」


 カテリーナは、ティアラに向け、さらに鋭い一撃を加えた。


「ティアラ様。貴女は私を『瑕物』と罵ることで、私が殿下の隣に立つ資格がないことを証明しようとされました。しかし、貴女の言葉は、国王陛下が下した最終裁定を否定するものに他なりません。つまり貴女は国王陛下と、その裁定を認めた王太子殿下に、公然と不敬を働いたことになります」


 ティアラとアンドレは、顔色を変えた。彼らは、感情論でカテリーナを貶めようとしたが、カテリーナは常に、「マナー」と「王命」という貴族の鉄則で彼らを追い詰める。


「不敬……そこまで言われる筋合いは!」


 アンドレが声を荒げた、その瞬間だった。控え室の扉が開き、皇太子デイヴィットが入ってきた。


「セラフィム兄妹。婚約者への不敬、何を話している?」


 デイヴィットの静かだが、有無を言わせぬ威圧感に、二人は青ざめた。


「で、殿下! これは、その……」


 ティアラが言い訳をしようとする前に、デイヴィットはカテリーナに視線を向けた。


「カテリーナ。彼らの無礼に対し、貴女はどうすべきだと考える?」

「殿下。私は、彼らの言葉が嫉妬による雑音であると理解しております。ですが、彼らが国王陛下の裁定を否定し、殿下の婚約者である私を侮辱した行為は、公爵家として王室に謝罪すべき重大な問題ですわ」


 カテリーナは、私的な感情を挟まず、公的な問題として処理すべきだと毅然と示した。デイヴィットは、満足そうに頷き、ティアラとアンドレに向き直った。


「聞いたな。貴族の女性は、私的な感情で動いてはならない。貴女たちが取るべき行動は、カテリーナへの謝罪。そして、公爵家として王室への謝罪状を提出することだ」


 二人は、もはや何も言い返せなかった。カテリーナの王妃としての格と、デイヴィットとの揺るぎない信頼を前に、彼らの企みは完全に崩壊した。




 数時間後、王宮の礼拝堂。カテリーナは、国王夫妻、そして父ランドロフ公爵に見守られ、デイヴィットの隣に立っていた。


「カテリーナ。私は、貴女の知性と、強さ、そして何よりも貴女の誇りを愛している」


 デイヴィットは、カテリーナの瞳を見つめ、静かに誓いの言葉を述べた。


「貴女を生涯愛し、守り、そして共にこの国を治めることを誓う」


 かつては『可愛げのない女』と罵られ、終わりのない円環の楔に囚われていた、元のカテリーナの意識をリリーは感じた。その意識は「幸せになって」と、深く安堵していた。


「デイヴィット殿下。私も、殿下のお優しさと、私を『王妃の器』として認め、信頼してくださるお心に、心から感謝申し上げます」


 カテリーナは、彼の愛に応えるように、微笑んだ。


「貴族の義務と責務を忘れず、殿下の隣で、この国を支える国母となることを、ここに誓います」


 そして、二人は誓いのキスを交わした。華やかな祝福の鐘が鳴り響く中、不幸なループから解放された公爵令嬢は、最高の相手と、最高の地位を手に入れたのだった。

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