4 [ウルヴィ] やはりこの男は信用できない
よく寝た。ベッドが硬くてもけっこうなんとかなった。
ハイドの方から部屋を譲ってくれたのは大きいだろう。
(悪い人ではないんですよね)
分かりあえない部分はあるけれど、嫌いではない。
身支度を整えてダイニングに出る。
「おはようございます」
「おはようございます」
応えてくれたのはニロティカ夫妻だ。夫がセネガル、妻がヴァケリアだったか。
ハイドの姿を探すと、机とイスの間にあるスペースに挟まって、まだ寝息を立てている。
「ハイド様、朝ですよ。軽く食べて下山しましょう」
ゆすってみると抵抗するように腕が動く。
「……ボクは貴女に愛されたかった。あの男より」
「は?」
まったく身に覚えがない。寝ぼけているのかもしれないけれど、ここには他にも人がいる。冤罪は勘弁してほしい。
しかもこの状況だと、まるで自分がハイドを部屋から閉め出してここで寝かせたみたいではないか。
思いっきり揺さぶりながらもう一度声をかける。
「ハイド様? ウルヴィですよ。わかりますか? 起きてください」
「ウルヴィ嬢……? ああ、夢ですね」
「イヤな夢でも見ましたか?」
「夢……? ウルヴィ嬢が本物ですか?」
ものすごく眠そうに言われる。目元が少し光って見えるのは眠さからだろうか。
「しっかりしてください。嵐は止んでいます。外は明るいです。下山しましょう」
「下山……、ああ、人格テストの途中でしたね」
「人格テスト?」
尋ね返したら、ハイドがハッとしたようになって、急激にシャキッとした。
「なんでもありません。食事にしましょう」
残り少しになっている携帯食を口にしたところで、ハイドがフルーツバーを2本出してきた。ドライフルーツとナッツを固めたものだ。そこそこな大きさがある。
「よければそちらで1本どうぞ。ボクとウルヴィ嬢で1本を分けますので」
「いいんですか?」
「携帯食は持ってきていても、今日の分まではもうそんなにないのでしょう?」
「お言葉に甘えましょうか」
「そうだな」
セネガルがナイフを出して切り分けてくれる。
ニロティカ夫妻は常に話をしている感じではなく、必要十分なやりとりしかしない。けれど、間に流れている空気は心地いい。実家の両親に近いだろうか。
ハイドがポリッと、手にしたフルーツバーの角を小さくかじった。それから、穏やかだった空間をかち割る。
「もう会う機会もないと思うので、不躾な質問を許してください。あなたたちは相手がイヤになったり、他の誰かがいいと思ったりすることはないのですか?」
(本当に不躾ですね)
つい小さくため息がこぼれる。
ニロティカ夫妻は気を悪くした様子もなく、チラリとお互いを見やって、妻のヴァケリアが笑いながら答えた。
「私は、うっかりミスとか忘れものとかが多くて。勘違いや行き違いで怒ってしまうこともありました。その度に理解して許してもらえて、この人でよかったと思ってきた感じかしら」
「許し、ですか」
「ヴァケリアは、望むものを与えてくれるんです」
「望むもの?」
「ふれあいを望めばふれあいを、静寂を望めば静寂を。時にはお互いの希望や期待がズレることもありましたが、気持ちをすり合わせれば、どこかでうまく重なる感じでしょうか。彼女と人生を歩めて幸せですよ」
すらすら出てきたのは、常日頃から思っていることだからだろう。そこにあるのは恋愛の先、信頼に基づいた愛情だと思う。
(人生を共に歩くパートナー……)
そういう存在を得られるのは、ひとつの幸せのカタチなのかもしれない。
「……なるほど?」
ハイドがつぶやいて、フルーツバーを小さくかじる。
流れる静寂が、不思議と心地いい。
「それでは、お先に」
「ごちそうさまでした。さようなら」
先に食べ終えて準備を整えたニロティカ夫妻が扉を開ける。
外は快晴、心地いい朝日だ。
「手当て、ありがとうございました! おかげですっかりよくなりました」
「どういたしまして」
ヴァケリアとそんなやりとりをしたところで、セネガルが振り返る。
「言うか言うまいか迷っていたのですが、こちらもひとつ、不躾をお許しください」
「なんですか?」
「その花」
「花?」
思いがけない単語に、ハイドからもらった7色の花を見る。水場に置いたままのそれは、今もキレイに咲き誇っている。
「レインボーフラワーは、別名、ドラゴンの逆鱗です。摘むと山に棲むドラゴンが激怒して、嵐を呼ぶと言われています。次に来られることがあれば、他の登山客のためにもどうぞ手を触れないよう」
「この山小屋がここにあるのは、咲いているあたりで摘むと、ちょうどこのあたりに着くころから嵐に見舞われるからなんですよ。不思議ですよね」
言い置いて、ニロティカ夫妻は互いを気づかいながら降りて行った。
「……ハイド様」
彼を呼ぶ声が低くなるのは仕方ない。
「嵐を呼んだのは、わざとですね?」
「どうしてですか?」
「しらばっくれないでください。妙に用意がいいと思ったんです。うちの分までスープがあるし、保温シートも2枚持ってきてるし。初めからここに泊まる気だったのでは?」
「なんのために?」
「寝ぼけて言っていたじゃないですか。『人格テスト』だと。なんで、うちは試すようなことをされたんですか? アリサ様へのプレゼントをダシにしてまで。何か気に障ることをしましたか?」
「アレは失言でした。ごまかしきれなさそうなので白状すると、ボクの趣味ですね」
「は?」
「公爵令嬢の友人はアリサ嬢だけで、アリサ嬢を誘おうものならフォン様に八つ裂きにされるので、公爵令嬢を除いて、になりますが。
侯爵、伯爵、子爵、男爵と、それぞれの家格の令嬢を試したのですが、怒ったり泣いたり叫んだりわめいたりと、なかなか阿鼻叫喚でした。
で、庶民はどうなのかと」
「呆れて物も言えません……」
道理で慣れている感じがしたわけだ。
「ウルヴィ嬢、ボクはね、有事の時にこそ、その人の本質が出ると思っているんです。人を責めるのか、自分を責めるのか、何に怯えるのか、どこに意識が向くのか。
冷静に状況を受け入れられる人間はそんなに多くありません。貴女は合格です」
「それはどうも、アリガトウゴザイマス」
褒められているのだろうが、まったく嬉しくない。長いため息が出た。
「まったくもってハイド様は油断ならない、信用できない人だというのは、改めてよくわかりました。元々うさんくさいとは思っていたので、正直そこはどうでもいいです。
早く降りましょう。アリサ様へのお菓子を買うために」
「そこはボクを信用するんですね?」
「その点でウソをつくメリットはないでしょう? うちを本気で敵に回したら、アリサ様やフォン様との関係も難しくなりますし」
「まったくもってその通りですね」
ハイドがぐぐっと大きく伸びをした。
空を見上げてから歩き出した彼の表情は、ほんの少し憑き物が落ちたように見えた。
Fin.
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
本編ではあまり絡みがない、ウルヴィとハイドの番外短編でした。
お気に召していただけたら嬉しいです。
もしよければ、シリーズ本編もよろしくお願いいたします。




