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2 [ウルヴィ] 貴族って情緒がないですね


 外の嵐はますます荒れ狂って、閉めきった山小屋の中まで風雨の音を響かせている。

 駆けこんできた中年の男女から片方の部屋を使っていいかと尋ねられ、ハイドがもちろんと答えた。

(そうなりますよね……)

 向こうからすれば、一緒にここにいる自分たちもカップルに見えているのかもしれない。


 ハイドが携帯カップに水を入れて、本人のぶんと合わせてこちらにも出してくれる。領主の息子、公爵家のお貴族様なのに、庶民で後輩の自分を対等に扱うところは嫌いじゃない。

 ハイドは2人が入って閉まった扉をちらりと見やって、軽く水を含んだ。


「とりあえず濡れたものをどうにかするのでしょう」

「うちたちはあまり降られないうちにここに入れて運がよかったですね」

「ええ」

 普段は軽薄そうに笑うこの男が、珍しく表情を落としている。


「どうかしましたか?」

「大きい声では言えませんが」

 そう前置いて、丸メガネをクイッと上げ、ハイドが囁いた。

「あの2人は不倫関係ではないかと」

「は?」

 この5股男は何を言いだしたのだろうか。自分を棚に上げに上げて。


「とりあえず、なぜそう思われたのかを聞いてもいいですか?」

「してなかったんですよ、結婚指輪」

「よくあの短時間で確認できましたね」

「たまたま手元が目に入りまして」

「邪魔だから外しているんじゃないですか?」

「ボクらがいるから気まずくて早々に部屋に入った可能性もありますよね?」


「この山小屋限りで会うこともないでしょうし、気にするようなことですか? 適度な距離の他人でいた方がいい気がします」

「確かに、ウルヴィさんの言うとおりですね。ボクらには関係ないことだ」

 そう言いつつも、意識を逸らせそうにはなさそうだ。面倒にならないうちに話題を変えるに限る。


「アリサ様はフォン様と婚約しましたね。同時にウィステリア様とニゲラ様も」

「予想していたより動きが早くて驚きました。フォン様が早々に根回しをしたのでしょう。

 結局、フォン様がニゲラ様からアリサ嬢を奪い返した形でしょうか。あの熱量には驚きしかありません」


「ニゲラ様は本当にあれでよかったのでしょうか」

「いいんじゃないですか? ニゲラ様とウィステリア嬢は、去年の早いうちから仲がよさそうでしたから。お互いへの接し方がわからなさそうなフォン様とニゲラ様の間を取りなしたのがウィステリア嬢でしたので」

「そうだったのですね」


 アリサ様の姉(ウィステリアさま)はフォン様たちの前の代の生徒会長だったそうだ。フォン様たちと同学年を過ごしたハイドはさすがに詳しい。


「実際、ニゲラ様にとってはいい話でしょう。トゥーンベリの後ろ盾を得られる上、ウィステリア嬢はパートナーとしても有能ですから」

「そういう話ではなく。アリサ様を好いていたなら、気持ちの上ではどうなのかと。うちは、アリサ様がフォン様を選んだからといって、すぐにウィステリア様を同じようには好きになれないので。仲がいいかと恋愛感情はまた別ではないですか?」


「それはニゲラ様に聞かないとわかりませんが。あの方がアリサ嬢にどのくらいの好意を抱いていたのかはボクも計りかねるので。貴族的な政略結婚の概念で言えば、なんら問題ないとしか言えません。

 ボクらの代ではトゥーンベリが更に強い影響力を持つようになるので、ボクの実家(マクロフィア)がどう立ち回るかは考えないといけませんが。まあ、ボクのコネクションがあれば大丈夫でしょう」


「はあ。貴族って情緒がないですね」

「情緒で政治はできませんから」


 話していたところで、部屋に入っていた中年の2人組が揃って出てきた。さっきより軽装なのは、濡れたものを脱いできたからだろう。


「見苦しくてすみません。夕食をとるのにご一緒しても?」

「ええ、もちろん構いません。ボクらも夕食にしましょうか」

「万が一のための携帯食を持ってくるように言われていたのは、こういう時のためだったんですね」

「山では何があるかわからないので、遭難した時にいくらか救助を待てるくらいには備えがあった方がいいですからね」


 それぞれに携帯食を取りだす。ハイドが小型の魔道具でお湯を沸かしてくれて、簡易なスープを淹れてくれた。ほどよい塩分が体に染みる。

(慣れている感じ……、よく来るのでしょうか)

 2人組の方は、女性が2人分のお茶を淹れていた。湯沸かしのための魔道具を持っているのは珍しくないらしい。


「片づけはうちが」

 言って、ハイドと自分の簡易カップを手に立ち上がった時だ。

 バリバリバリッ、ピシャーンッッッ!!! かなり近くにカミナリが落ちた音がした。

「??!」

 驚きすぎて、固定されているイスの脚に足をひっかけて盛大に転んだ。


「ウルヴィさん! 大丈夫ですか?」

「ううっ、大丈夫じゃありません……」

 とっさにカップを落とさないようにと思ったのがいけなかったのか、右手の手首を捻ったようだ。すごく痛い。


「固定できるものは持っていますか?」

 男性の方が聞いてくる。

「いえ、そこまでは想定していなくて」

「ボクもです」

「私のを持ってきますね」

 女性がすぐに部屋に戻り、包帯と留め具を持ってきた。


「すみません……」

「いいんですよ。こういう時はお互いさまですから」

 持ってきた女性が、慣れた手つきで手首を固定してくれる。

「腫れてきてはいないので、固定してムリしなければそのうち痛みが引くと思いますよ。それでダメなら、下山してから教会に行かれてくださいね」


「ありがとうございます。詳しいですね」

「聞いて驚くなよ? 俺たちは高等貴族学舎の神学科を出ているんだ」

「え」

「もう、やめてくださいよ。若い人が萎縮しちゃうでしょう?」


「それはまた奇遇ですね。そこのウルヴィさんは、現役の神学科の学生ですよ」

 ハイドが丸メガネをクイっとして言った。

「それを言うならハイド様は」

 むぐっ。言いかけたところで口の中にビスケットを入れられた。やめてほしい。うちはアリサ様ではない。


「まあまあ! こんなところで後輩に会えるなんて!」

「嬉しいもんだな。俺はセネガル・ニロティカ。こっちは妻のヴァケリア・ニロティカだ。よろしくな」

「ウルヴィ・レアナです。お2人はご夫婦なんですね」

「もう20年以上か?」

「そうですね。早いものですね」

 2人の返答は自然だ。やはりハイドの勘ぐり過ぎだった。ジトーっと見やる。


「ボクはハイド・ランジアです。どうぞよろしく」

(ん? ランジア?)

 自分が知るハイドの名前は『ハイド・R・マクロフィア』だ。ランジアはファミリーネームにも聞こえるけれど、貴族だけが持つミドルネームだろう。


(あえて『マクロフィア』を、領主一家の者だということを伏せたのでしょうか)

 領主の息子とこんなところで会えば、普通は驚くだろう。気づかいかもしれないけれど、そういう男ではない気もする。

 むしろ、相手が本音を言わなくなるのを防ぐため--その方がハイドらしい。


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