1 [ウルヴィ] アリサ様のためならば
『追放令嬢の妹には復讐の才能がない! そして復讐相手は愛が重い』=フクサイなし!
ウルヴィとハイドの、本編完結後、夏休み中のお話です。
このお話だけでもお読みいただけるようにしていますが、もしよければシリーズ本編もよろしくお願いいたします。
*本編のネタバレを含みます。
*恋愛観の話をしているので「異世界恋愛」ジャンルにしましたが、この2人はくっつきません。
5股男と山小屋に閉じ込められた。
外は嵐。雷を伴った暴風雨で、止むまで下山は不可能だ。
「朝は晴天だったのに」
「予想外でしたが、避難できる場所があってよかったですね」
天気が急激に崩れ始めたタイミングで、運良く丸太で組まれた山小屋が見えた。扉は開いていて、『ご自由にお使いください』と書かれていた。
中は簡素な作りだ。長方形のダイニングテーブルと横長のイス、水場があるスペースに、出入り口以外の扉が3つ。ひとつはトイレで、2人泊まれる部屋が2つある。
机やベッドはすべて木製のものが家に固定されていて、持ち出せない作りだ。毛布や枕はない。最低限、雨風をしのげて泊まれる、そんな場所だ。
風雨で窓は開けられず、扉を閉めると暗くなるため、備えつけのランタンに火を入れている。
山頂付近でハイドがどこからか持ってきた、7色に輝く大輪の花を水場に生けた。人工栽培ができない珍しい花らしい。
(アリサ様に差し上げたら喜ばれるでしょうか)
久しぶりに彼女に会える予定の日まで花がこのままもつなら、この花もプレゼントするのもいいかもしれない。
アリサ・エマ・トゥーンベリ。
決して思いは叶わない思い人。同性だという性別の壁だけでなく、たとえ自分が男であっても、公爵令嬢である彼女は庶民の自分には高嶺の花だ。
友人として大事にしてもらえる。友人として大事にさせてもらえる。それで十分だと思うべきだろう。
ハイドとこんなところに来たのは、ハイドたちの代の卒業式で、アリサ様の誕生日に集まる話になったのが始まりだ。
「アリサの誕生日は夏なのであろう?」
言いだしたのは、しばらくアリサ様とおつきあいをしていた王子殿下、ニゲラ様だ。
「はい。姉様から聞かれたのですか?」
「いや。この一年で、フォンがそれらしい動きをしておらなんだ故。フォンが知らぬはずも、何もせぬはずもなかろう?」
フォン様はニゲラ様の腹違いの弟で、いろいろあったが、最終的にアリサ様を得ている。うらやましすぎる。
「ははは。気づいてもそっとしておいてよ。今年のアリサの誕生日は僕が予約するんだから」
「当日に割って入ろうとは思わぬが。フォンが会うなら王都であろう? ならば前後で、拙も祝えたらと」
「アリサ様の誕生日パーティなら、うちも行きたいです!」
もう彼氏ではないニゲラ様が祝うということは、友人参加がオーケーなはずだ。そう思って手を挙げた。
「私も行きたいですわ」
アリサ様と仲がいいガーベラが続いた。
アリサ様が嬉しそうにしつつも、遠慮がちに音を作る。
「お気持ちは嬉しいですが、みなさん夏休みはご実家で過ごされるのですわよね? 王都にいらしていただくのはたいへんではありませんこと?」
「うちの実家は王都から近いので!」
「ずっと実家にいても飽きてしまいますもの。途中でアリサ様にお会いできる方が嬉しいですわ」
「アリサ嬢の誕生日を祝うという理由で、みんなで集まる日というように思ってください。それなら気兼ねしないでしょう?」
ハイドがそう言ったことで、アリサ様の誕生日を祝う会で王都に集まることが決まった。
その後、公爵令息であるハイドから言われたのだ。プレゼントに悩んでいるなら、珍しい最上級のお菓子を買える、貴族しか使えない店に連れて行ってもいいと。自分の領地でしか作られていない、日持ちするお菓子も喜ばれるだろうから、買えるところも教えると。
アリサ様は甘いものが好きだ。珍しい甘味は特に喜ばれる。
「それは魅力的なお話ですが、ハイド様にはなんのメリットが?」
商人気質のこの先輩が、善意だけで言っているとは思えなかった。そしてそれは正解だった。
「代わりに、ウルヴィ嬢、ボクと遊びませんか?」
「それは最低な方の遊びですか? それとも普通の遊びでしょうか」
この男が5股をかけていたことは知っている。プロム(卒業前のダンスパーティ)に向けて1人にしぼったようだったが、その後も複数の令嬢と出かけているらしい。
「ウルヴィ嬢に手を出したら、せっかくの生徒会メンバーとの優良なコネクションにヒビが入りかねませんから。ただハイキングに一緒に行ってもらいたいだけですよ」
「ハイド様は運動がお嫌いでしたよね?」
「運動嫌いなボクでも苦にならない、なだらかな山が領地にありまして。お菓子を買いにくるついでだとでも思ってください。もちろん、移動にかかる費用はボクが持ちますから」
うさんくさい。正直そう思ったけれど、ハイドの提案以上のものをアリサ様のために用意できそうにはない。
アリサ様なら何をあげても喜んでくれるのはわかっている。できるだけ全力でプレゼントを用意したいのは、自分の気持ちの問題だ。
そして、今に至る。
ハイキング自体は思いのほか楽しかった。まったく悪くない。ハイドとの話題なんてないと思っていたけれど、「アリサ様はかわいい」で問題なかった。
あとは無事に降りて、明日お菓子の店に行くだけだ。
「早く嵐が止むといいのですが」
つぶやきをハイドが拾う。
「この調子だと、止んでも今日中に下山するのは難しいでしょうね」
「難しいですか?」
「道がぬかるんで危険なのと、時間的にも、途中で暗くなって危険なので。ここで1泊して、明日の朝に帰るのが現実的です」
「そうですか」
両親には余裕を見てマクロフィア公爵領への全体の旅程を伝えてあるから、心配をかけることはないだろう。半日ズレても大して困らない。
(2部屋あってよかった)
もしこの山小屋に1部屋しかなかったら、ハイドと同じ部屋になってしまう。それはイヤだ。
水はあるし、食料は持ってきた携帯食で一応足りるかと思ったところで、山小屋に駆けこんできた人たちがいた。
「すみません、急に嵐にみまわれてしまって」
「避難させてもらってもいいでしょうか」
ハイキングスタイルの、自分たちの親世代かもう少し上に見える中年の男女だ。
雨具は身につけているが、それでも濡れてしまっている。
「もちろんです。この山小屋には『ご自由にお使いください』とありますので」
ハイドが丸メガネをクイッとして答えた。
(これは……、ハイドと同室コースでしょうか……)
避難してきた2人は何も悪くないとわかっているが、ちょっと恨めしい。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きますので、あと3話おつきあいください。
ハイドは、番外短編『息子を捨てた、とある元公爵夫人の独白 -玉の輿に乗った侯爵令嬢の転落と幻の愛-』の捨てられた方の息子です。
本編でもこじらせています。