③
「……なにそれ。そっちが言ったんじゃん、“ルカのこと好きになった”って」
「だから言ったろ、勢いで。覚えてないっての」
「ひどっ……! ほんと最悪。そういうとこ、だから未来で私を――」
「やめろ、それ以上言うな」
机の上の本が震えるほどに、声を張ってしまった。
ルカが怯えたように目を丸くする。
「……ごめん。あたし、そんなつもりじゃ……」
「いい。もういいよ。俺も、疲れた」
言ってから後悔した。けど、もう取り返しはつかない。
死ぬ日まで、もう指折り数えられるほどしか残っていない。それなのに、何も進展はなかった。
タイムスリップの理論も行き詰まり、殺された理由もわからない。
わかるのはただ、彼女の未来が“俺によって終わる”という皮肉な事実だけ。
蓮は立ち上がると、無言で図書室から出て行った。
――あの瞬間、何かが確かに変わった。
翌日、2年C組に新しい転校生がやってきた。
「どうもー、綾瀬カイっていいます。前は都内の私立校にいました。よろしく」
茶色がかった柔らかい髪に、透き通るような肌、端正な顔立ち。まさに少女漫画に出てくる王子様系男子だ。
「……うわ、イケメンすぎ……」
「まって、あの声……え、歌も上手そうじゃない?」
教室中がざわつくなか、カイはあっさりと女子の視線を独占した。
しかも、よりによってルカの隣の席が空いていた。
「あれ、君さ、見かけたことある。ルカちゃんでしょ?」
「え、あ、うん……」
「あー、やっぱり! 前の学校、隣だったもん。懐かしいなぁ」
「……マジか」
蓮はひとり、教室の隅でため息をついた。
昼休み、いつもの屋上にもルカは来なかった。
放課後も、図書室に彼女の姿はない。
──ま、いいか。
蓮はそう思うようにして、スマホを閉じた。
殺される運命を変えるだの、タイムループだの、どうでもいい。
だって、ルカの関心はもう、あのイケメン転校生に向いてるんだから。
俺がいなきゃ、きっと彼女は死なない。
だったら、離れた方が彼女のためだ。
「……結局、殺すのも救うのも俺じゃないってことか」
自嘲気味に呟いて、帰り道をひとり歩く。
背後で聞こえる笑い声。ルカとカイが一緒に歩いてる。
「ルカちゃん、ほんと変わったね。前はもっと地味だったのに」
「は? それ、褒めてる?」
「もちろん。今の方が、ずっと可愛いよ」
そんな会話が耳に入ってしまうのが、いちばんキツい。
翌日から、ルカとカイが一緒にいる時間が明らかに増えた。
授業中も、小さく笑い合い、放課後は毎日一緒に帰っている。
ルカはもう蓮に目もくれない。話しかけても、そっけないか、笑ってごまかすかのどちらかだ。
「なにそれ……結局、あれも全部嘘だったのかよ」
好きとか、未来の彼女だとか。
それらしい理由で近づいて、ちょっと心を開いたふりして、最後はこれか。
人を好きになるって、どうしてこんなに苦しいんだろう。