②
「じゃあさ、もし君が俺を殺しても、君の存在が消えない方法を探そう。責任は、俺が取る」
蓮がそう言った瞬間、ルカはほんの一瞬だけ目を見開き、それからゆっくりと口角を上げた。
「……責任って言葉、そんな軽く吐くもんじゃないよ。ねぇ、わかってる? それ、一生、私から逃げられないって意味なんだけど」
さすがは本場仕込みの地雷。言葉ひとつで足首に鎖をかけてくる。
「てかさ、カッコつけるのやめなよ。どうせ死ぬくせに」
「な、なあ本音言っていい? 絶対に俺、殺されたくないからな? 普通の人と結婚して――」
「……は? 今、普通の人って言った? 私以外の女のこと考えた? そんなこと、私の前で二度としないで。私だけ見て。私だけ愛して。私が一番じゃないなら、もう私、生きてる意味ないから」
……めんどくせぇにも程がある。
別に俺が好きだって言っても、「嘘くさい」とか言って嫌がるだろ、こいつ。
それでも、ルカの「未来で殺されたから、今ここに来た」という話が本当なら、運命を変える方法を探さなきゃならない。
なにせ、このやばい地雷女よりも、俺の命のほうが大事だ。
ただ、地雷女の行動は読めない。予測不能。だからこそ地雷なんだ。
「ってことで、調査開始な。放課後、図書室付き合え」
「うん! デートだね!」
「違う。生死がかかってるからな」
「生死がかかったデートって……最高にヤバいね♡」
こいつほんとブレないな。
図書室で蓮が選んだのは、物理学の入門書やタイムスリップ関連の本、そしてなぜかドラえもんの漫画。
「それギャグじゃん」
「いや、タイムマシンの仕組みとか案外参考になるかもしれないだろ。四次元ポケットとかワンチャン」
「まじめな顔して“ワンチャン”言うのやめてくんない?」
「お前だって、“私未来から来た彼女なんですけど☆”って顔で言ってきたじゃねーか」
「“☆”は付けてないし、こっちは命がけなんだよ。あんたに殺されるんだから」
「それを言うな!」
図書室で怒鳴ると、司書の先生に「静かに」と叱られる。二人はちょっとだけ距離を縮めて並んで座り直す。すると、ルカがふいに呟いた。
「でもね……私、未来の記憶って、全部が全部あるわけじゃないんだ」
「……どういうこと?」
「確かに私は、2025年の8月20日、あなたに殺されたって思ってる。でも……どうやって殺されたのか、全然思い出せないの」
「……は?」
「血だらけで倒れてる自分の体と、あなたが泣いてる顔。それだけは覚えてる。すごく悲しい顔で、でもその前後は真っ白。たぶん、何かの衝撃とか、薬とか、事故とか……わかんないけど」
「それ、ほんとに俺が殺したって断定できるのか? てか、もうすぐじゃねえか」
「……うーん、でも、直感?」
「おい」
「でもさ、私はちゃんと“あんたを愛してた”って、未来の自分が思ってた気がする。だから、あなたに殺されるって、すごく悲しかった」
「……なんだよそれ」
「だから今の私は、その悲しみを消すために来たんだよ。あなたに殺されない私になって、ちゃんと最後まであなたに好きでいてほしいの」
蓮は、なんと返せばいいのかわからなかった。こんなにも自分のことを不器用に、でも一生懸命に思ってくれているルカに――。
「……お前、バカだろ」
「え? なにそれ。最低!」
「褒めてねぇよ。でもさ、ちょっとだけ可愛いと思っちまったじゃねーか」
「えっ……!」
ルカが一瞬で顔を真っ赤にする。
「ま、まあ別に恋人とかじゃねーし! ただの監視と被監視の関係だし!」
「じゃあ、あなたの家に監視カメラつけていい?」
「もっと怖いわ!」
その日は、何も進展らしい進展はなかった。けれど、蓮は気づいてしまっていた。
――こいつ、ほんとに地雷だけど、なんか放っておけない。
そしてルカもまた、気づいていた。
――やばい。私、またこの人に惹かれてきてる。
未来で“彼に殺される”なんて予知を抱えているのに、それでもまた、もう一度この人を――好きになってしまいそうだ。