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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第3章(4)ワールドクエスト開始!

作者: 刻田みのり

『お知らせします』


『美貌の天才科学者マリコー・ギロックによりワールドクエストが提示されました』


『ワールドクエスト「魔力大喪失の危機を回避せよッ!」』


『美貌の科学者にして偉大なるマリコー・ギロックは明後日の日の出とともに世界規模の実験を行うことにした』

『その名も「メメント・モリ大実験」』

『この実験が成功すればこの世界の全ての魔力がマリコーの下へと集められる』

『だが、それは同時に世界中の魔力が一点に集中することを意味していた。それ以外の場所での魔力は失われるということだ』

『体内に魔力を有している生物が魔力を急激に失うと深刻な魔力欠乏症を引き起こす。さらに発症後に魔力を回復できなければ死を待つのみだ』

『放置すれば大勢の犠牲を生むだろう』

『果たして、冒険者はマリコーの実験を止めることができるのか?』


『クエスト達成条件 メメント・モリ大実験の阻止』

『完全達成条件 マリコーの権限剥奪。五カ所の増幅装置の破壊』

『失敗条件 メメント・モリ大実験の発動。本クエスト参加冒険者の全滅』


『なお、冒険者以外の方のご参加は禁止しておりませんがクエスト攻略中に取得できる経験値と熟練度は冒険者の五分の一となります。ご注意ください』


『冒険者ジェイ・ハミルトンは本クエストに参加しますか?(はい・いいえ)』



「……」


 俺はファミマに詰問しようとしたが止めた。


 てか、ワールドクエスト?


 メメント・モリ大実験?


 おいおい、世界中の魔力を集めるってどういうことだよ。


「ああ、この間言ってたあれやっぱりやるんだね」


 中空を眺めながらファストが呟く。


 その視線の先には半透明の薄い板が浮かんでいた。俺には読めない言語が並んでいて幾つか数字のようなものが記されている。


「基礎となっているのはダイソン理論を発展させたサイクロンベクトル方式の三重……いや四重術式かぁ。これファストが前に手を付けていた奴なんだよね。どうしてもディメンションコアとのリンクができなくて途中で放り投げたんだけど」

「ファストも前に同じことしようとしたのか?」


 俺はひとまずラキアのことを後回しにすることにした。


「途中で止めちゃったから実行はしてないけどね」


 そう応えながらファミマが半透明の薄い板を消失させる。


「と言うか、実行してたらとっくの昔に世界が滅茶苦茶になってるよ。ファストも無茶なことするけどそこまで馬鹿なことはしないよ、たぶん」

「……」


 ちょい待て。


 たぶんって何だよ、たぶんって。


「そんなことより天の声が参加の意思を確認しているんじゃない? 僕ちゃん、ジェイにはぜひ参加して欲しいんだけどなぁ」

「このワールドクエストを無視して世界がやばくなったら俺のお嬢様にも被害があるかもしれないしな。放ってはおけないだろ」


 俺は中空に向かって答えた。


「はい、だ。こんな迷惑なクエストを始めたマリコーは俺がぶちのめす。まあ、ギロックたちのこともあるからどの道やり合うつもりではいたがな」

「おぉっ、ジェイ格好良い」

「惚れるっ。首輪付けたいっ」

「……」


 ちょっと待て。


 おいニジュウ、今おかしなこと口走ってなかったか?


 黒猫がとんっとんっとテーブルの上を移動して俺の前に立った。


 ポンポンと俺の腕を叩いてくる。


 それが何だか「まあ番犬程度扱いには懐かれているってことだ。良かったな」と言われている気がして微妙な気分になる。


 いや、いいんだけどさ。


 お子様に好かれたって嬉しくないし。


 俺はあくまでもお嬢様が一番だし。


「じゃあジェイはワークエ参加ってことで。そういうことなら僕ちゃんも陰ながら応援するよ。ルールがあるからあんまり大っぴらには手を貸せないけどねっ」


 ファミマが収納から小さな箱を取り出した。


 子供の手の内に収まりそうなサイズの白くて薄い箱だ。角の一部をスライドさせて箱を振ると中身を出せるようになっているようだ。


 自慢するようにファミマが白い箱を掲げる。


「これフリフリ。一粒食べればお口の中が爽快になるだけでなくたとえ瀕死であっても即座に全回復しちゃう不思議なお菓子だよ♪」

「お菓子……」


 何故だろう。


 お嬢様の顔が想起されたのだが。


 あれか、禁断症状か?


 やはり一刻も早くノーゼアに帰るべきか。


「ジェイは僕ちゃんから祝福を得ているから滅多なことじゃ死なないだろうけど念には念をってことで。女神様もジェイを気にかけているしね」


 フリフリを差し出される。


「これ特別仕様だからいくら食べても空にはならないよ。ただ、カロリーゼロだからお腹の足しにはならないけどね♪」

「俺が貰っていいのか?」

「うんっ♪」

「ありがとうな」


 俺は試しに一粒食べてみた。


「……ッ!」


 おおっ、クールミントが含まれているのか。これこの上ない爽快感が口内に満ちていくぞ。


 こいつはいい。


 あまりの美味しさにもう一粒出していると視界に小さな手が伸びてきた。


 ジュークとニジュウだ。ついでに黒猫もじっとこちらを見ているが無視。


「ニャア」

「うわっ」


 黒猫に体当たりされた。酷い。


「ジュークもくれないと撃つぞぉ」

「ドラちゃんで突っつくぞぉ」

「……」


 ギロックたちの脅しがマジトーンだ。


 やばそうなのでフリフリを振って三粒手に取ると二人と一匹に分けた。


「スースーするぅ♪」

「これ苦手。もう要らない」

「ニャー」


 ジューク、ニジュウ、そして黒猫。


 どうやらジュークはお気に召したようだがニジュウと黒猫には不評らしい。


「ところで」


 俺はフリフリを収納に片づけるとファミマに訊いた。


「俺が倒したあの二人(ニジューナナとニジューク)はどうした?」


 一応気にはなっていたのだが質問するタイミングを逸していたのだ。


「いないよ」

「いない?」


 ファミマが口を尖らせた。


「僕ちゃん、親切だからあの二人を自由にしてあげようとしたんだ。基本的には僕ちゃんが手を出すべきじゃない案件なんだけどマリコーがあまりにも好き勝手にやってたからね。でも駄目だった」

「あいつら消えた」


 ジューク。


「マムがチョーカーに仕込んでた。ピカーッて光ってから消えた」


 よほどフリフリが嫌だったのかニジュウがまだ顔をしかめながら言葉を接ぐ。


 黒猫は……おい、それは俺のスープだぞ。やめろ、口直しのつもりなんだろうが飲むんじゃねぇ。


 黒猫からスープの皿を取り上げようとしたら手を猫パンチされた。痛い。


「フミャァッ!」

「……」


 黒猫が全身の毛を逆立たせてこっちを威嚇している。


 いやそれ俺のスープなんだが。


 助けを求めてまわりに目をやるとファミマとギロックたちがじっと俺を見つめている。


 えっ、もしかして俺が悪いの?


 ファミマがふっと笑む。


「他にもご飯とかあるしスープは諦めなよ」


 ジュークが自分のスープ(飲みかけ)を差し出してきた。


「これ飲む?」


 それを見たニジュウが慌てて自分のスープ(こちらも飲みかけ)を差し出してくる。


「ジェイ、ニジュウのあげる」

「……」


 お前ら優しいな。


 ……じゃなくて!


 おかわり用のスープとか残ってないのかよ。


 いやまあスープくらい別になくても良いけどさ。


 とか思っていたら黒猫が勝ち誇った笑みをこちらに向けてから戦利品(俺のスープ)に顔を突っ込みやがった。超ムカつく。


 その後翌日の朝食用に取っておいたスープをいただきました。めでたしめでたし(めでたいのか?)。


 *


「さて」


 食後、椅子に座りながら少しばかりの食休みをしていたファミマがふわりと宙に浮かんだ。


「そろそろマリコーのところに行こうか」

「……」


 はい?


 俺はジュークの淹れてくれたハーブティーに口をつけかけた格好で固まった。


 なお、このハーブティーもジュークたちがマリコーの下から逃げ出した(本人たちは当時マリコーが死んだと誤解していた)時にパクった物らしい。いろいろ持ち出したとかでティーカップなどの食器類も腰の無限袋の中に収めたのだそうだ。


 マリコー・ギロック。


 ジュークの話によれば彼女は実験の合間にハーブティーを嗜むこともあったとか。


 ふむふむ、実験狂いのイメージがあったんだが多少はそうでない面もあったのかな?


 ……じゃなくて!


「おい、マリコーのところに行くって、お前マリコーの居場所がわかるのか?」

「うん♪」


 ふわふわとテーブルの上を漂いながらファミマがうなずいた。


「彼女は大森林の中心部にあるラボにいるよ。ついでに言うと消えちゃったあの二人のギロックたちもいる」

「ん?」


 俺は疑問を口にした。


「どうして消えたギロックたちの居場所までわかるんだ?」

「だって、一度ラボまで見に行ったし」

「……」


 ま、まあギロックたちの消えた一件は俺が寝ていた間に起きたことだしな。


 きっとファミマがラボまで見に行ったのも俺の寝ていた間のことなんだろう。


 そう思うことにしようっと。


「天使様、転移できるから便利そう」

「いいなぁ、ニジュウも転移してみたい」

「ニャ」


 ジューク、ニジュウ、そして黒猫。


 ジュークも俺と同じハーブティーを飲んでいる。


 ニジュウはハーブティーにしこたま「ガムシロ」とかいう液体の砂糖を入れていた。あれはもうお茶と呼ぶよりジュースだな。果汁水みたいなもんだ……て、果汁じゃないけど。


 黒猫は腹を満たしたからか床に寝転んでいる。時々ゆらりゆらりと尻尾を振っていて微睡みを楽しんでいるといった感じだ。


 ちなみに食後のおやつに出したレーズン入りクッキーはもう消費済みです。


 どうにか最後の一枚は死守したよ。ふっふっふ、この一枚はやらん。


 ファミマが黒猫の傍に降り立つ。


 ゆさゆさとその体を揺すった。


「ほらほら、ダニーさんちゃんと起きて。マリコーのところに行くよ」

「ウニャ」


 黒猫が鬱陶しそうに尻尾でファミマを叩こうとする。


 だが、尻尾はファミマには命中しない。見えない障壁に阻まれて打撃音を響かせるだけだ。


 何気にファミマもすげーな。


 あの黒猫、親父みたいに強いんだぞ。それなのに障壁を張るだけで対処できるのかよ。


 ま、まあたぶん親父よりは攻撃力は低いんだろうけど。猫だし。


「ニャ」


 攻撃を防がれたからか黒猫が目を開け、障壁に尻尾を打ちつけまくる。


 びったんびったんではなくごつっごつっと音を立てており、見た目は天使姿の男の子と黒猫が戯れているだけなのに実状とのギャップが酷すぎる。つーかほぼ詐欺レベルだ。


「あはは、ダニーさん目が醒めた? じゃあ、マリコーのところに行くよ♪」

「ちょい待て、まだこっちの準備が……」

「大丈夫大丈夫、忘れ物があってもその時に戻ればいいし♪」

「いやいやいやいや」


 移動を急かすファミマを止めようと俺が立ち上がった瞬間、視界がぐにゃりと歪んで見覚えのない部屋へと変わった。


 そこにいたのは……。



 **



 ファミマの力で俺たちは転移させられた。



 真っ白な部屋だった。


 調度品の類はなく壁はあってもドアや窓はない。照明もどこにもなかった。それなのに陽に照らされているかのように明るい。不思議だ。


 つーか、ここどこだ?


 マリコーのいるところに転移したんじゃなかったのか?


 マリコー・ギロックはどこだ?


 部屋の反対側でじっとして動かないあいつか?


 ファミマは何も言わないし、何となく違うような気もするのだが、もしかしてマリコーなのか?


「ねぇ」


 判断がつかずにいると俺のズボンをニジュウが引っ張った。


「あいつ、立ったまま死んでる?」

「死んでる訳じゃないよ」


 答えたのはファミマだった。


 さっきからふわふわと宙に浮かびながら、部屋の反対側にいる動かない人物を見据えている。


「マリコーの魔力を追って転移したんだけどね」

「あいつ、マムに似てる」


 ジュークが動かない相手を指差した。


 て、行儀悪いぞ。


「そりゃ似てるだろうね」


 ファミマの声に不機嫌さが滲んでいる。


 俺は尋ねた。


「あれもギロックなんだよな?」


 確かマリコーは精霊とホムンクルスを合成してギロックを作ったはずだ。


 成長度合いもコントロールできるみたいだし。あれ、17歳とか18歳くらいに調整したギロックって言われても別におかしくないぞ。


「ジュークたちの妹?」

「でなければニジュウたちの姉? でも皆お子様だったのに?」

「ジューク、おっきな姉がいたなんて知らない。ジュークより先のギロック、皆、あの時に死んだと思ってた」

「ニジュウもそう思ってた。あと、ニジュウ、マムが皆をお子様にしてたんだと思ってた」

「あーでもあいつらおっきくなってた」

「そうだった。ずるい。猛烈抗議」


 ギロックたちがニジュークたちのことを思い出してヒートアップしている。


 俺はファミマに質問した。


「マリコーは前からお子様タイプ以外のギロックを従えていたのか?」

「少なくとも僕ちゃんが把握している限りではそんなのいなかったよ。あの四人組が初めてだね」

「なるほど」


 となると、この動かないギロックもジュークたちがマリコーから離れた後で生まれたということか?


 ファミマが嘆息する。


「さっきまでは絶対にマリコーがここにいたはずなんだけどなぁ。」

「俺たちが来る直前に移動したんじゃないか?」

「かもね。まあ、いないものは仕方ないか」


 ファミマが俺たちを見回した。


「じゃ、もう一回転移するから」

「ニャ」


 黒猫が一声鳴いた。


「いやダニーさん、何もされてないのに手を出すのはちょっと」


 どうやら黒猫は動かないギロックを攻撃しようと提案したらしい。


 それに対してファミマが難色を示した、と。


 俺は注意深く警戒しながら動かないギロックに近づいた。不意打ちとか食らったら堪らないからな。


 動かないギロックは目を閉じて立ったまま微動だにしない。


 ジュークたちと同じ銀色の髪は腰のあたりまで伸びている。整った顔立ちは可愛いというより美しいと形容すべきで、今まで見たどのギロックよりも大人びていた。


 スレンダーな体格のラインを際立たせた服は銀色で継ぎ目とか縫い目のようなものはない。ポケットや刺繍の類もなく胸の真ん中に何かをはめ込むような窪みがあるだけだった。


 首には紫色のチョーカー。


 番号は30だった。


 てことは、こいつはジュークたちの妹?


 チョーカーの番号が生まれた(作られた)順番なら妹ってことになるよな。


 俺はさらにもう一歩歩み寄って彼女に触れようとした。


 だが。


 瞬間、けたたましい音が響き渡った。


 同時に大音量で女性の声が発せられる。



『アラート!』


『アラート!』


『アラート!』


『これより排除コードを発令します』


『A301を起動』


『スピリチュアルドール「サンジュウ・ギロック」をカプセルによって保護します』



「うわっ」


 足下から円筒形の壁がせり上がって動かないギロックを包み込んだ。


 銀色だった壁が半透明の壁となって中身が見えるようになる。しかし、どっちにせよ動かないギロックは何の反応も示さない。


 つーか、いつまでも「動かないギロック」と呼称するのもアレだな。


 よし、とりあえず「サンジュウ」と呼ぶことにしよう。


 て、呑気に呼び方なんて気にしてられないな。


 さっきから警告音が鳴りっぱなしだ。


 ファミマが青い顔をしているしギロックたちと黒猫がむっちゃ険しい顔で身構えている。


 て、おい。


 なーんで黒猫が親父みたいに体術の構えを取っているんだよ。


 その全身から漂わせているオーラは何だ。


「ニャ(小僧、さっさとこっちに来い。ぼけっとするな)」

「……」


 えっ、また猫語が翻訳されてるんですけど。


 どゆこと?


 俺が戸惑っているとジュークがこちらに万能銃を向けた。


「ジェイ、こっちに来て!」


 引き金を引いた。


 渇いた音と共に水弾が銃口から放たれる。


 一瞬撃たれたかと思ったが水弾は俺の脇を通り抜け、後方にいた何かに命中した。激しい衝撃と爆音があたりに満ちる。


 俺は駆け足で皆の側に行った。ジュークに撃たれたかと勘違いしたのは内緒だ。


 胸に大穴を開けた人型の何かがどさりと倒れる。森でジュークとニジュウが戦っていたストレンジコングによく似た死体だった。


 あ、こいつ腕が六本ある。別の魔物だったか?


 その一体を皮切りにしたかのように五体のストレンジコングもどきが出現した。


「マリコーの奴、またこんなことを」


 ファミマ。


「ストレンジコングを改造して腕を増やすなんて……僕ちゃんそういうの止めてって言ったのに」

「ニャー(まあ人の嫌がること平気でやる奴っているからな)」

「乱射していい?」

「ドラちゃん振り回していいよね?」


 口々に言ってから散開。


 とはいえファミマは後方で待機だ。ジュークもファミマを護衛するように下がる。


 左右に分かれたニジュウと黒猫がそれぞれ自分に近い位置のストレンジコングもどきに迫った。


「ウニャア(オラァッ)」


 勢いのままに飛び込み放った黒猫の猫パンチがストレンジコングもどきにヒット。


 ストレンジコングもどきも六本の腕でガードしようとしたのだがそのガードを文字通り粉砕して胸に大穴を開けた。何その破壊力。


 あいつ、本当に猫なのか? 猫のふりした別の何かとかじゃないのか?


 どさりと倒れて動かなくなったストレンジコングもどきに一瞥してから黒猫はさらにもう一体のストレンジコングに体当たりした。


「ニャア(奥義、猛虎粉砕彗星撃(タイガーハイパーコメット))」


 あ、黒猫の奴また親父の技パクリやがった。


 技を食らったストレンジコングもどきが跡形もなく四散する。いや待てそいつの耐久力ってそんなに脆いのか?


 それとも腕が六本に増えた代わりに前より脆弱になったとか? 防御力を犠牲にして攻撃力を上げるとかってたまにあるよな。炎属性の補助魔法でもそういうのあるし。


 えっと「勇猛炎舞(バーニングブレイブ)」だっけ?


 あとは……ええっと。


 ……などと疑問符を増やしつつ俺もストレンジコングをワンパンで撃破。ダーティワークを発動させた俺の敵じゃないな。


「こいつの匂い嫌い。絶対美味しくないッ!」


 ニジュウが嫌悪感MAXで槍を振り回す。


 彼女の声に呼応するようにきゅるるとお腹が鳴る音が響いた。


「……」


 ……ニジュウ。


 後でまたおやつやるから今は我慢しような。


 でも、お前まだ食ってから大して経ってないぞ。腹が空くには早すぎないか?


 大振りでニジュウが槍の穂先をストレンジコングもどきに打ちつける。


 ニジュウの槍を受け流したストレンジコングもどきが嘲笑するように目を細めた。


 渇いた音。


 銃口から煙を漂わせるジュークの万能銃。


 細めていた目を見開き驚愕を露わにしたストレンジコングもどきが仰向けに倒れた。その胸には大きく開いた穴。あーこれクリティカルだ。ご愁傷様です。


 絶命したストレンジコングもどきの額にニジュウの槍こと「ドラゴンランスのドラちゃん」が突き立てられる。


「よっしゃあぁぁぁぁぁっ、討ち取ったりぃぃぃぃぃッ!」

「……」


 ニジュウ、残念なお知らせです。


 それ、既にジュークが仕留めていたぞ。


 まあ、気分良く戦えているようだし黙っておくか。


 俺は最後の一体を黒猫が頭突きで始末するのを見ながらそう思うのであった。


 あいつマジで俺の親父みたいだな。何なのあの強さ。


 一体何者なんだ……て、猫相手に何を詮索しているんだ俺は。


 猫は猫だよな。


「おやおや、マリコーくんがせっかく改造したというのにもう倒されてしまったのかい。これはどうも実験失敗という奴かな?」


 声がして俺たちは一斉にそちらへと向いた。


 サンジュウのいるカプセルの裏側から燃えるような赤髪の痩せた男が姿を現す。


 右目に片眼鏡をかけたいかにも傲慢そうな男だ。


 ……て、おい。


 あいつは……。


「とは言え、これでまた私のエルが経験値を稼げるというものだ」


 男が指をパチンと鳴らすと彼の脇に赤い騎士服を着た少年が出現した。


 長い黒髪を結わえて右肩に垂らした美形だが冷たそうな印象のある少年だ。年齢は15歳くらいだろうか。


 中背ではあるが立ち姿から鍛えられているのがわかる。武器は持っていないが大剣でも軽々と扱えるかもしれない。


「すぐにお別れとなるが紹介しよう、こいつの名はえる」


 にいっといやらしそうな笑みを浮かべながら片眼鏡の男が言った。


「天才魔導師であるこのバロック・バレーの最高傑作にして最強の魔法戦士ッ!」



 **



 警報とともに出てきたストレンジコングもどきたちを倒した俺たちの前に現れたのは燃えるような赤髪の痩せた男バロック・バレーとその最高傑作にして最強の魔法戦士えるだった。


 長い黒髪を結わえて右肩から垂らした15歳くらいの美少年がバロックの前に立つ。


 そこに突っ込んでいく黒い影。


 黒猫だ。


「ニャニャァッ!(奥義、猛烈牙撃(タイガーファングオーバードライブ)ッ!)


 また親父のパクリ技だ。


 黒猫に牙を剥く獅子の幻が重なりまるで猛獣が襲いかかっているように見える。まともに繰り出せればスピードもパワーも充分に発揮できる技だ。


 初見ならほぼ間違いなく相手は致命傷を受ける。そういう技だ。


 しかし……。


「無意味」


 えるの声だろうか、やけに冷たい声がし、黒猫が見えない力で弾かれたように横に吹っ飛ぶ。


「アローンアゲイン」


 エルの両拳に白い光のグローブが発現していた。


 壁に激突して倒れた黒猫に冷めた視線を投げるエル。


 その様子から彼が黒猫を攻撃したのは明らかだった。


 しかし、俺にはその攻撃が全く見えなかった。ほんの僅かなモーションすら見えていなかった。


 超高速?


 いや、それは違う気がする。あれは単に速さだけでできる攻撃じゃない。


 それにエルはあの場から一歩も動いていなかった。間合い的に二歩、いや三歩は前に出ないと黒猫を吹っ飛ばせる攻撃は不可能だろう。武器も持っていないしな。


 魔法による遠距離攻撃という可能性もあるが、それも彼が魔力吸いの大森林の影響を無効化できればの話だ。


 てか、ここって大森林の中心なんだよな? 確かマリコーのラボはそこにあったはず。


「今の見えた?」

「全然見えなかった」

「ダニーさん、動かない」

「やばいやばいやばい」


 ギロックたちが慌てて黒猫に駆け寄る。ファミマがバロックとエルを気にしながら後に続いた。


「……」


 こうなると俺が相手をするしかないな。


 まあいい。


 どうやら向こうも俺に興味を移したみたいだしな。


 エルが黒猫から俺へと視線を変えていた。


 いや、俺の拳を見ている?


「……」

「……」


 俺とエルが黙っていると「おや」と今さらな声が聞こえた。


 バロックだ。


「その黒い光のグローブ。ふむふむ、この感じ……私にもわかるぞ」


 バロックが目を細めた。


「ヒューリーか。そして、お前は……生きていたとはな」

「……」


 嬉しそうに口角を上げるバロックを俺は睨みつけた。


 古い記憶が呼び起こされる。


 フレイムジャイアントによって焼き尽くされた村。無残にも焼き殺された人々。


 黒焦げの死体と化したあの人たち。


 俺を実の子供のように可愛がり育ててくれた……。


 どくん。


 身体の奥で鼓動が激しく響く。


 どくん。


 視界がぐっと狭まる。


 バロックの狂気じみた笑みが、あの時の奴の表情とだぶる。


 どくん。


 俺は拳を握り直す。


 怒れ。


 俺の中の「それ」が、あの事件の時はうまく聞き流すことのできなかった「それ」が囁く。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 黒い光のグローブが脈打つ。


 俺はゆっくりとバロックたちに近づいた。


 迎え撃つかのようにエルが拳を構え、その後ろでバロックが腕を組む。


「あの古代紫竜(エンシェントパープルドラゴン)に喰われるか焼き殺されるかしたのだと思っていたがよもや生き伸びていたとはな。運命とは実に奇妙で面白い」

「それはこっちのセリフだ」


 俺はこっそりとサウザンドナックルを試した。


 だが、収納から銀玉は射出されない。少なくとも俺は魔力吸いの大森林の影響下にあるようだった。


「お前にまた会えて嬉しいよ、ジェイクリーナス」

「その名で呼ぶな」

「おや? 私が愛情を込めて付けた名前が気に入らなかったのかね? お前には相応しい名前だと思ったのだが」


 嘘つけ。


 俺は胸の内で毒づいた。バロックに愛情などというものなどないと俺は知っていた。


 それにジェイクリーナスという名前は元々俺を育ててくれたあの人たちの死んだ息子に付けるはずだったものだ。無くなった息子の代わりに俺がジェイクリーナスと名付けられたのだと俺は聞いている。教えたのは目の前にいるこいつだ。


 俺が目で拒絶の意思を示しているとバロックが両手を挙げて降参した。


「わかったわかった。そう恐い顔をするな。たかが名前くらいでそう怒ることもあるまい」

「……」


 俺が返事をせずにいるとバロックがエルを顎でしゃくった。


「それよりこいつが気にならないかね? いや気になっているはずだ。何せお前の弟分と言ってもいい奴なんだからな」


 振られたエルに反応はない。


 それと、警報はまだ鳴っている。いつになったら止むのかなんて俺にわかる訳がない。


「ということで兄弟対決だ」

「こいつと……戦う?」


 エルがバロックに尋ねる。


 どちらかというと確認といった訊き方だった。


「そうだ。できるな?」


 エルがうなずいた。


「……!」


 直感、とでも言うべきなのだろうか。


 俺は横跳びでその場から離れた。


 何かとてつもなく強い力がさっきまで俺のいた位置を走り抜ける。拳で振り抜いたらこんな衝撃があるのではないかという風圧だ。当たっていたら黒猫のようにぶっ飛ばされていてもおかしくなかった。


「?」


 エルが表情を変えずに首を傾げる。


 つまり今のはこいつの攻撃ってことか。


 攻撃が見えなかったのには驚かされたが当たらなければどうってことない。


 俺はダーティワーク発動中の身体強化を活かし一歩でエルとの距離を詰めた。


 拳の間合いに入り。


「ウダァ!」


 エルの顔目掛けて拳を放つ。ろくにガードしようとしない、あるいはできないエルの顔面に強烈な拳の一撃が決まるのは確定だった。


 だが。


「ぐっ」


 エルの顔に俺の拳撃が命中する刹那、鋭い打撃が俺の横っ面を捉えた。


 その衝撃で俺は右にぶっ飛ばされる。


 そして、さらにもう一撃。


 腹部の激痛とともに強引に俺は床へと叩きつけられた。


 背中と腰を打って滅茶苦茶痛いがそれ以上に訳がわからない。


 これは何だ。


 エルはあの場から一歩も動いていない。それに魔法を行使した素振りもなかった。


 表情はほとんど無くただじっとこちらを見ている。酷く人形じみていた。


 これ、やばいかも?


 とか思ってしまった俺はまだまだ余裕があるのかもしれない。


 素早く収納からフリフリを出して一粒食べた。エルに邪魔される危険もあったが何故か見逃された。もちろん無効にその意思があったのかはわからない。


 口内に爽やかな味が広がり、身体のダメージが消えた。うわっ、マジか。これむっちゃチートアイテムだろ。


「ふむふむ、エルの攻撃を食らって生きているとはな。もう少し攻撃時のパワー上昇率を上げる必要があるのかもしれん。それに嘆きのフィールドの有効範囲も広げたいものだな。それには……」


 バロックが何やらぶつぶつ言っているがそれは無視。


 俺は収納にフリフリを仕舞い銀玉を出した。


 サウザンドナックルは使えないが投擲武器として銀玉を使うことはできる。状況が状況だけに回収が難しそうなのでできればやりたくなかったのだが。


 ま、めんどいことは勝ってから考えるか。


 俺は銀玉をエルに投げつけた。


「ウダアッ!」


 銀玉が真っ直ぐエルに向かっていく。


 俺は追加で二十発投げた。合計二十一個の銀玉がエルを襲う。


 が。


「無意味」


 五個の銀玉があらぬ方向へと軌道を変えると他の銀玉も巻き込んで床に落ちた。数発がエルのところまで届いたがいずれも防御されてしまう。


「……」


 銀玉で気を逸らしているうちにエルに肉迫してぶん殴るつもりでいたのだが失敗した。というか銀玉が一発も当たらないのかよ。


 俺はやばい気がして後ろに跳んだ。


 見えない力が走り、その風圧が俺の皮膚を撫でる。


 次の一発が俺の背中を叩いた。不意打ち過ぎて痛さより驚きの方が強い。これはどういうことだ?


 そんな疑問を抱いている間にもう三発貰った。右肩と左脇腹と右頬だ。


 バロックが嘲笑った。


「ふはははは、圧倒的ではないかね。どうだ、私のエルは強いだろ? 出来損ないのお前とは天と地程の力の差だと思い知っただろう? ジェイクリーナス」

「……」


 床に這いつくばり、言い返す余裕も失った俺はバロックを睨みつける。そんな俺のささやかな抵抗にバロックが意地悪そうに笑った。畜生。


「そろそろお終いとしよう……エルッ!」


 バロックの言葉にエルが僅かに首肯する。


 俺の目の前で魔力が集中した。魔力吸いの大森林の影響を完全に無視したようなとてつもなく膨大な魔力だ。


 そして、この熱感と魔力波動。


「……」


 これは炎系の……。


 つーか、無詠唱?


「ジェイッ!」

「逃げて!」

「そんなっ、これってマクドの……」


 ジューク、ニジュウ、そしてファミマの悲鳴が重なる。


 逃れる術のない俺の目前で白色爆発魔法(ノヴァストライク)が発動した。



 **



 床に這いつくばった俺の眼前で白色爆発魔法(ノヴァストライク)が発動した。


 俺の防御結界ならこれを防げるかもしれない。だが、ここで即座に結界を張ることはできなかった。


 イアナ嬢たちとはぐれ森の中で一夜を過ごした時も結界の展開に苦労したのだ。


 今、この危機的状況で素早く結界を張ることは無理だった。


 発動した白色爆発魔法(ノヴァストライク)が中心部分から放射線状に熱と炎そして衝撃波を広げていく。もちろん一瞬でだ。


 しかし、死の間際だからだろうか、俺にはその様子が妙にスローに見えた。


 熱波と炎で身体のあちこちが焼ける。くっ、痛みと熱さもゆっくりと感じるのかよ。拷問か? おまけに息もできねぇし無茶苦茶喉やら鼻の奥やらが痛い、こりゃ死ぬな。


 いろんな恩恵があるから即死にならないだけで死は避けられないな……まあ単に俺が弱いから負けて死ぬってことか。ははっ、情けないな。お嬢様、守れなくなってすみません。


 でも、その前にちょーっとだけ悪あがきさせてもらうぜ。


 思いついちまったからな。


 俺は白色爆発魔法(ノヴァストライク)によって生じた全てに対して収納の能力を使った。


 瞬時に炎や熱波などが収納の中に吸い込まれる。やった、成功だ。


 火傷とかのダメージが残ったが死ななければOK。


 俺はすぐに収納からさっき吸い込んだものを放出した。エルに向けてだ。


 よもや自分の魔法が返ってくるとは思うまい。


 俺が死を意識しなくなったからかスローだった世界の動きが元に戻っていた。


 ぎょっとするバロックとさして表情に変化のないエルとの対比が酷い。


 しかもエルの奴は防御結界を即で張りやがった。無詠唱かよ。


 両拳にあるのは白い光のグローブ。


 さっきの白色爆発魔法(ノヴァストライク)も今の防御結界も無詠唱。


 無傷で立つエルを見ながら俺はエルが魔法に対処している間に取り出したフリフリを一粒噛んだ。完全回復。やっぱこのチートアイテムはいいな。便利過ぎる。


「ジェイっ」

「おおっ、生きてる」

「ふ、ふーんだ。僕ちゃん、ジェイなら大丈夫だって知ってたし」


 ジューク、ニジュウ、そしてファミマ。


 てか、ファミマは嘘ついてるよな? その態度は俺が助からないって思ってたよな?


「な」


 立ち上がってファイティングポーズをとった俺と後ろに垂れてしまった黒髪を右肩に垂らし直したエルが互いを見合っているとバロックがわなわなと震えながら口を開いた。


「ななな何だ今のは? エルの白色爆発魔法(ノヴァストライク)を無効にしただけでなく撃ち返してきただと? それにあれは確か収納の能力……ジェイクリーナス、お前一体いつそんな能力をっ?」

「……」


 唾を飛ばす勢いで訊いてくるバロックを俺は無言で見つめた。


 黙っている俺をバロックが指差す。


「いいい、今頃私の前に現れて優秀さを示そうとしてももう遅いぞっ」

「?」


 おやおや。


 何か誤解してないかこいつ?


「わ、私はお前の代わり……じゃない、お前より優れた最強の魔法戦士を作り上げたのだ。ジェイクリーナスよりもケイオン、ケイオンよりもエルヴィス。そう、エルヴィス、いやエルこそが真に最強の魔法戦士なのだッ!」

「……」


 どうやらこのエルとかいう美少年はエルヴィスという名前だったようだ。


 エルが略称の類かどうかは知らんが。


 どうでもいいし。


 つーか、ケイオン?


 どうも、エルの前にももう一人いたみたいだな。エルがその次ってことは既に死んだか? それとも逃げたか?


「ケイオンの話をするな」


 静かに、それでいてはっきりとした声でエルが言った。


 バロックが頬を引きつらせる。


「そ、そうだな。すまん、もうその話はしない」

「……」


 エルはしばし無言でいると、やがて構えていた拳を降ろした。


 あたりに満ちていた殺気が失せていく。


「エル?」

「さっきのカウンターで一部機能に不調が発生した。万全な状態でなければヒューリーとは戦えない、とあいつが言ってる」

「くっ、あいつか。こんな時に我が儘を」


 エルの拳を包んでいた白い光のグローブが消えた。


「アローンアゲインを解除。現在の状態でヒューリーと戦って勝利する確率……」

「ああ、もういいっ! 止めだ止めだ」


 バロックが大声で喚きだした。


 きっ、と俺を睨んでくる。


「今回はこのくらいにしてやる。ありがたく思うがいいッ!」

「……」


 えっ、何このチープな悪役セリフ。


 俺が吃驚しつつも面に出さぬよう努めていると鳴り続けていた警報音が止まった。


 女の声が聞こえてくる。



『あらあら、楽しいバトルタイムは終わりなの? 残念』



「……」


 俺ははっとした。


 この声はマリコー・ギロック。


「マリコーくん」


 バロック。


「言っておくが、これはただ勝負を預けるだけだよ。私のエルはあんな出来損ないよりもずっと優秀だ。そして、最強の魔法戦士」



『ええ、それは存じてますよ。バロック様の最高傑作が弱いはずないじゃありませんか』



「わ、わかってくれているのならそれでいいのだよ。マリコーくん」


 ほっとしたようにバロックがうなずいた。


 ファミマが会話に割り込む。


「マリコー、君は大罪を犯そうとしている。メメント・モリ大実験なんて今すぐ止めるんだっ」



『ふふっ、止めろと言われて実験を止めていたら科学に進歩はないわよ』



「君の実験が行われたら世界中の魔力を持つ生物が命の危険に晒される。人間が被害を受けるとかいうレベルじゃないんだ。それがわからないの?」



『そんなのわかっているに決まってるでしょ?』



 マリコーの声は愉快そうだ。



『それに私にとってどうでもいい人たちや生き物がどうなろうと大した問題ではないのよ。大事なのは私が楽しく実験するための環境を整えること。それと私の可愛いサンジュウを目覚めさせることね。あの子の起動には相応の魔力が必要だから』



「僕ちゃんはそんなの絶対に許さないぞ」



『せいぜい吠えていなさい。所詮は管理者の補佐でしかない精霊王に何が……』



「おい」


 俺はマリコーの言葉を遮った。


 油断はしていないが戦闘は終了したのだと思う。なら、ちょい宣言しておいてやろう。


「お前がそのなんたら大実験を止めようと止めまいと関係ない。どうやらお前を放置すればいずれ俺のお嬢様の脅威となりそうだからな」


 ギロックたちのこともあってやり合う気でいたがやはり俺のお嬢様を守ることが最優先だ。


 俺はぎゅっと拳を握った。


「てめぇはこのジェイ・ハミルトンがぶちのめすッ!」



『……』



 沈黙が降り、やがて爆笑へと変わった。



『あははは、ふふっ、ずいぶんと威勢が良いのね。けど、そう簡単に私をぶちのめすなんてできるかしら?』



「ジェイは必ずやるッ!」

「ニジュウも協力するッ!」


 ギロックたちが中空を睨みながら叫んだ。


 ニャア、と一声鳴いて黒猫が部屋の隅を凝視した。おっ、こいつ復活したのか。ファミマが治したのかな?


「ニャーニャーニャーニャー(*お知らせします。この発現は女神プログラムのルールに抵触しています。未成年者への教育上良くないだけでなく極めて不適切な表現を含んでいるため翻訳できません)」

「……」


 黒猫。


 お前、今何て言った?


 俺にはめっちゃ卑猥な言葉でマリコーを煽ったように聞こえたのだが。



『(怒)』



 ほーら、どうするんだよ。


 ……て。


 部屋全体をカバーする範囲で床に青白い文様が浮かんだ。同時に強烈な魔力を感じる。


 バロックが慌てたように叫んだ。


「マリコーくんっ、我々も巻き込むつもりかね?」



『巻き込まれたくなければ移動してください。そのくらいの余裕はありますから』



「くっ……エル、ここは退くぞッ!」

「……」


 バロックが右手を挙げると足下に真っ赤な魔方陣が展開した。その光が奴を包む。


 エルの足下にも同じ魔方陣が現れている。


 二つの魔方陣が一際激しく輝き、やがて消えるとバロックとエルはいなくなっていた。


 しかし、そのことに構っている暇はない。


 再び警報音が轟いた。


 女の声。



『アラート!』


『アラート!』


『アラート!』


『特別コード・D71が発令されました』


『カウントダウン後に強制転移を発動します』


『認証コードを持たない方は指定された解除ワードを音声で入力するか速やかな退避行動をとってください』


『転移開始までカウント……』



 女の声で数える数値が60からどんどん小さくなっていく。


 床の文様を囲むように青白い光の線が走った。形成された魔方陣が徐々にその光を強めていく。



『ジェイ・ハミルトン』



 マリコーが告げた。



『せっかくあなたからラボに来て貰ったのに会わずにお別れなんて遺憾の極みだわ。でも私の代わりは用意してあ・げ・る』



「そうかい」


 俺たちは一カ所に集まった。


 ファミマの転移を試みたがうまくいかない。どうやら精霊王クラスの存在をも抑える力が働いているようだ。


 ただ、これと魔力吸いの大森林は関係ないらしい。


「魔力吸いの大森林の影響は僕ちゃんくらい膨大な魔力の持ち主ならどうってことないんだ。あれって吸える魔力に限度があるからね。それに体内で使うような魔力にはほとんど影響ないから身体強化とかは普通にできるよ」

「なるほど」


 思い当たる節はあった。


 森の中では魔法を使えないと聞いていたのに俺の結界魔法は発動していたのだ。


 ダーティワークが発動したのも体内の魔力で賄うタイプの能力だったからだろう。


 サウザンドナックルが不可だったのはあれが体外で魔力を使う能力だったからだ。銀玉の遠隔操作には魔力を必要とする。魔力濃度が高ければ高いほどコントロールの精度が上がるのはそのためだ。


 マジックパンチは体内からマジンガの腕輪(L)に魔力を流して用いている。体内から腕輪(体外)に魔力を送った時点で魔力吸いの大森林の影響を受けたのだろう。


 魔法と能力では一度に消費する魔力量が違うのかもしれない。同じように使っていても差異がある、そう仮定したのなら恐らく魔法に使用する魔力は能力よりも多くなるのだろう。


 だから、結界のために体外に放出された俺の魔力は全てが森に吸収されず僅かずつにではあるが残って魔力作用を起こし結界の展開へと至ったのだ。


 もちろん、これは俺の魔力が森の吸収力を上回っていたからである。並みの魔力の持ち主なら早々に魔法を使えなくなっていたに違いない。


 さて。


 カウントダウンが10を切っていた。


 ファミマの転移が使えないと判明し俺たちに為す術は無かった。


 壁をぶち抜いて脱出しようとしても破壊するどころか傷一つつけられなかった。完全にお手上げである。


「やれやれ、どこへ飛ばされるのやら」

「マリコーのことだからいきなり僕ちゃんたちを全滅させるようなことはしないよ。逆に言えばそこにつけ入る隙がある」


 俺の独り言にファミマが応えた。


 そうだな。


 俺たちは互いにうなずき合った。


 そして……カウントが0になる。


 床に広がる魔方陣の強烈な光が俺たちを飲み込んだ。


 *


 眩い光が止むと強制転移は終わっていた。


 目の前には巨大な岩が置かれた塚。灰色の岩とその土台の黒茶けた土の色が妙にはっきりとしている。


 少し離れたあたりから芝生になっているがそこからすぐに木々が生えていて開放感はあまりない。森の中にぽっかりと開いた小さな隙間といった感じの場所だった。


 見上げると青空。そして黒い点。


 うん?


 黒い点がどんどん大きくなっていく。つまりは何かが降下していると。いや落っこちてきただけか。


「ちょっとあんた、ぼうっとしてるんじゃないわよッ!」


 ぐい、と腕を引かれ俺は後退った。


 直前まで俺がいた位置に光の矢が降ってきた。地面に突き刺さった光の矢が何事もなかったかのように消滅する。


「あーら怖いわねぇ。これ当たったらアタシでも無事では済まないわよぉ」

「……」


 さっきとは別の声。


 何故か聞き覚えのある声に俺は耳を疑った。


 バロックと再会した時とは異なる動揺が俺の中に広がっていく。


 え。


 ちょっと待て。


 今の声は。


「それにしても見ないうちに大きくなっちゃったわねぇ。ダニエルちゃんにあなたを預けた時にはこーんなにちっちゃかったのに」

「えっ、何その話。あたしそれ聞いてないんだけど」


 俺の腕を掴んでいた相手……イアナ嬢が食い気味に反応した。ちょい引くよそれ。


「ポゥ」


 彼女の片腕に抱っこされているシロガネフクロウのポゥが「ねぇ、それどころじゃないんじゃない?」といったふうに見上げている。


「うーん、まあそのうち教えてあげるわん」


 金髪に紫のラインを入れた長身の美男子、ラキアが悪戯っぽくウインクする。


 行商人風の茶色いコートを着たラキアはだぶついたズボンのポケットから赤いウマイボーを取り出すと俺に差し出してきた。


「とりあえず、上のアレを何とかしましょ。さぁ、ジェイもこれ食べてパワーアップよん」

 

 

 


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