第八話:モフたちの会議と、小屋の拡張工事
「……これはもう、“国会”ってことでいいんじゃない?」
私は切り株の上に腰かけて、目の前の光景を見ながら、思わずそんなことを呟いた。
ぴゅるんの足元には、いくつかの“モフモフたち”がちょこんと並んでいる。
毛玉型、しっぽ型、ぽてぽて歩くタイプ、ふわふわ羽根つきタイプ。
どの子も耳が丸かったり、毛がふさふさしていたり、動きがどこかゆるい。
それぞれ微妙に違うけれど、共通して“柔らかい”。
全員、戦力にならないし、基本的に喋れない。
でも――見てるだけで、心が浄化される。
「森って、こんなにもふもふがいたのね……」
私の呟きに、ぴゅるんが「ぴぃっ」と胸を張る。
いや、君が呼んだのはわかるんだけど、どんな言語で交信してるのかいまだに謎なんだよね……
「とりあえず、自己紹介から始めましょうか」
そう言って、私は勝手に名簿をつくることにした。
第一ぴゅるん。
第二……「ころりん」。
第三……「ふさもん」。
第四……「ぽてすけ」。
第五……「ふよよん」。
もはや種族名なのかあだ名なのかさえも曖昧。だがそれがいい。
「ということで、今日からこの子たちが“我が国の民”となります!」
「ぴぃぃっ!」
民からは喜びの声――のような高い鳴き声が上がった。
こうして、“アリシアのモフモフ王国”は、めでたく**人口が6名(私含む)**になった。
……レイヴン? 彼はとりあえず「外交特例滞在者」ってことで。
⸻
モフモフが集まったのは嬉しいんだけど――問題が、ひとつ。
「……小屋、狭くない?」
一匹ならいけた。ぴゅるんだけなら“寝袋兼抱き枕”でちょうど良かった。
でも、今やぴゅるん+5匹。
みんなでごろごろしようものなら、私が真っ先に床に落ちる未来しか見えない。
「これは、国としての“住宅政策”を考えなければ……!」
私は手にした枝を地面に突き立てて、ざっくりした設計図を描き始める。
「まず……ここを広げて、くぼみにして、落ち葉のクッション……
で、こっちに毛布ゾーン、そして入り口には簡易結界……」
「ぴぃぃっ」
「そのご意見、非常に参考になります。ふよよんの生活導線も考慮して、ここは段差なしにしましょう」
横で、ころりんが勝手に寝床候補に丸くなってるのを見て、私はぷっと吹き出す。
「……もう、かわいいなあ……何もかもどうでもよくなるな……」
でも、同時にちょっとだけ思った。
――これが、“守りたいもの”なのかもしれない。
王城では、守るべきものが多すぎて、何を大事にしているのか分からなくなっていた。
でも今、私にははっきりしてる。
この森、この空気、この毛玉たち。
そして、ここで流れているゆったりとした時間。
それを守るためなら、私は――戦える気がする。
「さて。拡張工事、始めようか!」
⸻
その日一日、私はモフたちとともに森の素材を集め、寝床を広げ、小屋に屋根を足した。
レイヴンは途中から手伝ってくれたけど、木を運ぶたびに転び、蜘蛛の巣に突っ込み、
最後には「俺ってこんなに不器用でしたっけ……」と頭を抱えていた。
「……貴族って、意外とサバイバルに弱いのね」
「いや、貴族関係ないですよね!?」
「じゃあ、ただの運動音痴?」
「それも違っ……いや、否定できない……っ」
「認めちゃった!」
そして夕方。
完成した“ぴゅるんハウス2号”は、前よりちょっとだけ広くて、草の香りがして、
みんなでくるまって寝るにはちょうどいい、最高の寝床になった。
「これで、今日からもふもふ全員で……一緒に寝られるね」
「ぴぃ……」
「……泣いてる?」
「ぴっ……!」
うん、私もだよ。
王都には、こんな温かさはなかった。
寝るための部屋はあっても、こうやって“寄り添える存在”はいなかった。
私はその夜、モフたちと一緒に、落ち葉の寝床に体を預けた。
ぴゅるんが腕の中に収まり、ころりんが足元にくっつき、ふよよんが頭の上に乗っている。
暖かくて、柔らかくて、息遣いがそばにある。
ああ――これが、「私の国」の夜なんだ。
そう思いながら、私は目を閉じた。
その日も、森は平和だった。
朝露に濡れた葉が光り、小鳥が枝から枝へと飛び交い、モフたちがくるくると森を走り回る。
ころりんはマフマフ草の花畑で丸くなり、ぽてすけは私の足にすり寄ってきて、
ぴゅるんは例によって頭の上でふわふわしていた。
「……ねえぴゅるん。今日も特に問題なし、ってことでいいよね?」
「ぴぃっ!」
「じゃあ今日は“ぴゅるん王国・文庫の設立準備”でもする? 絵本がほしいよね。あと読書用の切り株とか」
「ぴぃぃぃっ……」
たぶん、賛成の鳴き声。……たぶん。
そうして、私は“国務”のための一日を始めようとしていた――その時だった。
カサリ。
明らかに、獣でも風でもない――
“誰かの足音”が、森の奥から聞こえた。
⸻
「……おかしいわね。ぴゅるん、今の聞いた?」
「ぴぃ……」
ぴゅるんは私の肩で小さく身を縮めるようにして、森の奥をじっと見つめていた。
その反応に、私はすぐに結界の確認へと動いた。
小屋の周囲には、最低限の簡易結界を張ってある。
魔物や動物程度なら気配で察知できるし、人の気配ならすぐに反応が出る。
でも――今回は、ぎりぎりまで“反応しなかった”。
「気配を抑えてる……魔力感知に慣れてる人間か」
私はぴゅるんを腕に抱え、そっと背後の木陰に身を潜めた。
視線の先、森の奥。
揺れる枝の向こう、確かに“誰か”が近づいてきている。
「……レイヴンじゃない。あれはもっと……重い」
ゆっくりと、草を踏みしめる足音。
鎧の軋む、わずかな金属音。
そして、空気を裂くような、張り詰めた気配。
“騎士”――それも、戦場を知っている者の歩き方だった。
(……王都からの追っ手? それとも……)
私の中に、久々に“王女だった頃”の直感が蘇る。
この空気、この足音、この間の取り方。
政治の駒ではない、“実行部隊”の気配。
やばいのが来た。
⸻
姿が見えたのは、それから数十秒後だった。
木々の間から現れたのは、
黒と銀の軽鎧を纏った、小柄な騎士。
――いや、少女。
年は私と同じくらいか、少し下。
整った顔立ちに無表情。銀髪を短くまとめ、腰には細身の剣。
その足取りは軽く、しかし隙がない。
森に入るのが初めてではないことが、仕草のひとつひとつから伝わってくる。
「……いない、か」
低く、聞こえないように呟いた声。
それは、ほんのわずかに揺れた“安堵”にも聞こえた。
彼女は私の小屋の前に立ち、しばらく無言で周囲を見渡していた。
あきらかに、私の痕跡を探している。
でも、それを“破壊”しようとはしていない。
なら――
私はゆっくりと姿を現した。
「こんにちは。迷子?」
少女は、驚いたように一歩だけ後退して、すぐに剣に手をかけた。
けれど、私が“敵意のない笑顔”を向けると、その手を静かに戻す。
「……あなたは、この森の住人?」
「うん。まあ、“仮設国家の臨時管理人”って感じ?」
「……変な肩書きだ」
「よく言われる」
少女の目が、ぴゅるんに向いた。
ふわふわと揺れるぴゅるんの姿に、ほんの一瞬、彼女の眉がかすかに動く。
「その生き物は……」
「かわいいでしょ。ぴゅるんっていうの。国の元首でもある」
「……君の“国”って、そういう……」
「そういう感じです」
私がにっこり笑うと、少女はほんの少しだけ口元を緩めた――ように見えた。
「あなた、名前は?」
「アリ……いや、今は“リシア”って呼ばれてる。あなたは?」
「……ミレイ。王国騎士団・影翼部隊所属」
その名前に、私の中で何かがカチリと音を立てた。
“影翼部隊”――王都の、正面ではなく“裏”を動く精鋭部隊。
噂でしか聞いたことがなかった。
私のような皇族の耳にも、めったに届かない存在。
それが、ここに来ている。
(やっぱり……森はもう“安全地帯”じゃない)
でも、不思議と怖くはなかった。
彼女の目には、確かに警戒がある。
でも、殺意はない。
それだけで、少しだけ救われた。
「……ようこそ、ぴゅるん王国へ。まずは、歓迎のお茶でもどう?」
「……ぴゅるん王国……?」
「そう。案内するね。ふかふかの寝床と、今日のブレンドティーがあるよ」
少女――ミレイは、少しだけ戸惑ったような顔をして、
でもそれ以上は拒まず、静かに頷いた。
森の空気が、少しだけ揺れた気がした。
外の足音は、もうここまで届いている。
でも――私はここで、私のままで、“迎える”ことを選ぶ。
それが、今の私の“戦い方”なのだから。