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3 望むままに

1

グルドニア王国歴470年頃

ウェンリーゼ海岸


「これがあの美しかったウェンリーゼの海だと……」

デニッシュが十数年ぶりに見た海岸は、瓦礫や木々の破片などが所々に散らばり厄災の残酷さを物語るには十分であった。


デニッシュ・グルドニア

近年、王位を継ぎ王となったデニッシュは近衛騎士団を引き連れて数年前に未曽有の厄災である海王神シーランドにより、壊滅の危機に追いやられた水の都ウェンリーゼの慰問に訪れていた。今回の慰問は極秘中の極秘であった。重臣の中には、厄災から数年経過したウェンリーゼに今更慰問に行く意味などあるのだろうかといった意見が多かったからだ。


 戦争当時、デニッシュは最前線で王太子として剣を振るっていた。長きに渡る小競り合いがいつの間にか両国の衝突が激化したため、前線で王族が指揮をとることは兵士たちの士気の向上に大いに役立った。また、初代剣帝である〖双子の騎士〗の異名を持つデニッシュは、数々の武功を上げた。最終的には、ウェンリーゼより南に位置する人工ダンジョン都市に君臨する〖巨帝ボンド〗の仲介もあり、停戦条約という名の戦争終結に至ったわけだ。この長きに渡る戦争での被害は両国とも甚大で、要は痛み分けである。


そのような背景から、中央としては当時のウェンリーゼに支援できる余裕などなかったのだ。今回の慰問に際しても、王位継承の儀が過ぎ重臣たちの屋台骨も固まってきて、各種機関からも戦争時のデニッシュを支えてきた人材が台頭してきたことにより国が安定してきた。今回の慰問は、国王の休暇も兼ねての粋な計らいであった。


 なぜならば、国王デニッシュに年の近い側近たちは皆、あの歴史に刻まれた一戦……決勝戦〖剣の宴〗の目撃者であるのだから……


 国王が遥々海の都で一体誰(墓参り)に会いたかったのか、そんなことは側近の中では知らないものはいない。






2

「ああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ」

デニッシュは叫んだ。

自身の恐怖を振り払うため、目の前の死神キーリに付け入る隙を与えないためである。

守勢に回ったら殺られる。デニッシュは先ほどとは違い、前方へ駆け出し最速最短でキーリまでの距離を詰める。


「《知覚・小》」

キーリは、唯一使える感覚系統魔術を使用する。自身の五感の感度を上げるだけの何てことない魔術だ。魔術師の中では覚えても仕方のない【ハズレ】に分類されるが、キーリが使うとなると話が違ってくる。


デニッシュが渾身の一撃を振るう。

「元つ月(一月)」


「がはぁっ」

デニッシュの左腕に、先ほどよりも速い視認できない木剣の衝撃が走る。


「気更月(二月)」


「ぐぅぇっ」

二ノ閃の衝撃がデニッシュの右脇腹走り、痛みにより体勢を崩す。辺りを見回すがキーリが見当たらない。


「いけませんよ殿下、よく見ないと」


「キィーリィィー!」

デニッシュは声のほうに横に木剣を振るうが、斬れたのはキーリのこだまだけだ。


「始まったわ! 」

「キーリ様の【カウント】よ」

「殿下かぁぁあ、お気を付けて」


「殿下、四季(死期)を感じて下さい」

キーリの連撃カウントが始まった。


「元つ月(一月)」

高速の一閃……


「気更月(二月)」

一閃から返しの二閃……


「弥生(三月)」

三日月の軌跡を描くような月の振り……


「卯ノ花月(四月)」

三日月より力強く踏み込まれた剛の太刀筋……


「水の月(六月)」

水面をなぞるような美しい水平の軌跡……


デニッシュは初手と同じく、目を見開き、構えて受けをとるが間に合わない。


「がはぁっ」

デニッシュはキーリの連撃になす術がなく膝をつく。真剣での勝負であれば既に数度殺られている。


五つの【カウント】で大抵の勝負はつく。いや、この天才に五つまで連撃を出させたデニッシュはグルドニア王国の中でも、間違いなく強者であろう。ましてや、デニッシュはキーリに迷宮でも深層でしか使用しない《知覚》を使わせたのだ。


その剣技は先ほどより、一段高みにあるといっていいだろう。今のキーリは、深層でも単独で大型魔獣(騎士五~十人)を討伐できるほどの実力だ。


ピシリ


キーリの木剣に軽く亀裂が入る。キーリが全力を出せない所以の一つとして、キーリの剣技に耐えられる剣が存在しないのである。重量のある剛剣であれば強度は問題ないが、キーリはロングソードによる速度と切れ味がウリである。キーリの戦闘【スタイル】には剛剣は合わない。


キーリは一度の迷宮探索で業物と銘のある剣でさえ駄目にしてしまう。これがキーリの成長を阻害し、大人びた性格にしてしまった一つの要因でもある。


「あぁぁぁぁ」

デニッシュは立ち上がった。


デニッシュはもう限界が近い。その目はまだ死んではいない。デニッシュは上段の構えをとる。自身の一番得意な型である垂直切りに全力を込める。おそらくこれが最後の一振であろう。

その目は死んではいないが、痛みと気力と心は弱っていた。


(私は本当に勝てるのか)


(この死神に)


闘技場の上段からは国王と王妃に、加えて離れた学生達が座る隅の方からはフラワーの顔が見えた。


キーリが高速で接近してくる。デニッシュの眼には、キーリの構えはまるで死神が鎌を携えているように映る。

「キーリ !デニッシュ! 」

この広い闘技場の中で、デニッシュの耳にフラワーの声が届く。


(フラワーが私の名前を呼んでくれた)


(キーリの次に……)


真剣勝負の刹那に、デニッシュの脳裏にかつての迷宮でのフラワーの悲鳴と絶望の表情が【フラッシュバック】する。


この刹那のデニッシュはどういった感情だったのか……

嫉妬であったのであろうか

妬みであったのだろうか

怒りであったのであろうか

この理不尽な天災キーリに対しての……


そして、弱い自分に対しての


(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)

(私は負けたくない)

(私は力が欲しい)

(フラワーが欲しい)

(私のすべてを奪うな)


奪われるな……奪え


ドクン


デニッシュの内のアートレイが囁く。

デニッシュの意識が混濁し視界が紅く染まる。


〖グルドニア王国八法〗

建国以来、約四百年以上改変を重ねてきた王国の法律書の始めのページに、唯一変わらない記載がある。


〖すべてはアートレイの望むままに〗


「……奪……う……」


グルドニア王国歴440年頃


四百年の時を経て、神々に祝福されし竜殺しの血脈に深紅の瞳が発現した。



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