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僕の記憶Ⅱ  作者: しづこ
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僕は誰?

大好きな人が海へ消えた。闇の世界から現実に戻り再び幸せの道へ…

仕事も決まった。 水族館のお土産売店の店員だ。やはり魚をみると癒されるらしい。 順調に生活して行く中で感じる違和感。月下さんが亡くなってしまった大きな心の穴だと思っていた。が、どうも違う。 ある日、売店の中で迷子になって泣いている小さい女の子がいた。 「大丈夫だよ。ママと来たの?パパかな?お名前いえるかな?」迷子の子供を館内の迷子センターに連れて行こうと女の子の手を握った。 その時だった。 感じていた違和感は、あの大きな先生の手だった。あの時、僕の母も迷子だった。 その不安を大きな手が安心に変えた。 女の子をセンターの人に預け急いで公衆電話に走りダイヤルを押した。 呼び出し音が3回 4回 5回「はい?」 「くまくん?」 「…夏希?」「うん。私、あのね、あのね、私ね」 「夏希どうしたの?落ち着いて!何かあった?」「ううん。何もない。あのね、今日仕事帰りに、そっちに行っていいかな?」「ん?わかったよ。気をつけておいで」「うん!ありがとう」 感じていた違和感は母の中で始まっていた先生への想いだった。 きっと先生も母も同じ頃に始まっていた想い。 その気持ちは同情からでは無く淋しさを埋める為でも無かった。 自然に掴んだ手で、自然に差し出した手だった。 仕事も終り急いでバスに乗り込む。 夕日が山の後ろ半分消えかかっていた。 先生は施設前の停留所で母を待っていた。 バスが停まった。 ステップを降りる母に先生は手を差し出す。 その時の母の笑顔は施設で見た事のない今までで一番の笑顔だった。 「そんな顔ズルイじゃないか」 先生の閉まっておいた気持ちがうずく「くまくんに会いたかった。この手に会いたかった。」「え?!ちょっ、ちょっと待って夏希」 「一緒にいるのは、私が患者だからって私もくまくんが先生だからって思っていたの。でも離れたら心の中に違和感を感じた。その違和感に今日気がついたの。私はくまくんが大事なの。くまくんの大きな手が…」話しの途中で先生は繋いでいる手を自分の方へグイッと引き寄せて抱き締めた。 「夏希ずるいよ。」 夕日が山の後ろへ消えたと同時に停留所の外灯がパッとついた。 「ほんとにクマみたく大きいね。ほんとに安心するの。くまくんと一緒に居たい。私じゃダメかな?」 真っ直ぐな目で見つめた。 「だから、ずるいって。何、夏希一人でベラベラ話してんの。」停留所のベンチに腰を降ろした。 先生は途中に気付いた母への想いを打ち明けた。そしてその想いを閉まって自立して行く姿を応援していた事。今日院内直通の電話が鳴って驚いた反面嬉しかった事。バスから降りる時の見た事ない笑顔に胸を撃たれた事。そして…「改めて夏希が好きだと思った。」先生も真っ直ぐ見つめて話した。忘れていた幸せだと感じる気持ちがあった。 二人には付き合う期間など必要なかった。 4回目の月下さんの命日に二人で墓へ向かった。 手を合わせ「結婚する事になりました。あなたの事は忘れないよ。ずーっと大好きだから」 少しだけ肩を震わせて泣いた。「夏希を幸せにします」先生は力強く一言だけ言った。それから月下さんの家族に挨拶をしに行き結婚の報告をした。心から祝福して頂いたそうです。毎日が周囲の羨む夫婦生活が半年を過ぎた頃、母のお腹に僕が宿った。僕がこの世に産まれ出て来るまで、母はとても僕を大切にしてくれて。その母をクマくんが大切に守ってくれて、お腹の中で聞く二人の声は毎日優しく居心地の良い場所だった。母が初めて父の事をクマくんではなく名前を呼んだ時だった。「和真(かずま)う゛ーぅ痛いーふぅ」 そう間もなくぼくがこの世に産まれる時だった。「和真ー」大きい手が母の手をしっかりにぎり「ギャーオギャー」僕は誕生した。 母の目から大粒の涙が溢れた。 その涙を父の優しい手で拭った。 タオルに包まれた僕を父が抱き母の元へ連れて行ってくれる。「初めまして。ふぅ。ママとパパよ」起き上がれない母の顔の側へ僕を近ずけた。 母は震えた手を伸ばし僕の頭を撫でて「あなたの名前はね、ママとパパの名前を一つずつ取って、和希(かずき)和希だよ」母は僕の頬にそっとキスをした。父も反対側の頬にキスをして僕の名前を呼んでくれた。父の愛は本当に大きい 家事も育児も、これでもかと手伝った。 仕事で帰れない時もあった。でも母は文句を言わない。父の仕事の内容を母が一番知っているから。 僕は二人の愛情を沢山もらって、育って成長して行った。 二人が喧嘩をして、仲直りする時なんて、さすがに中学2年にもなると僕は見ていられない。 「じゃ、この手はもういらないんだな!」と父が言うと母は「いらない!」「あっ。そうですかぁ」父が背を向けると母はしばらくして「くまくん」と半ベソをかく。父が振返り、おおきな手を差し出すと、その手に母はギュゥと繋ぐ。これで仲直りだ。幾つになってもと言ったら両親に失礼かもしれないが、歳を重ねて言っても二人の気持ちが変わる事がないんだなと思った。すげぇと思った。 ある日一週間帰らない父の事を母に聞いてみた。「ヤキモチとかないの?だって患者と一週間も一緒に居るんだよ。若い子だったらどうする?」「へぇ。和希の口からヤキモチなんて言葉聞くと思わなかったよ!へぇー」「なっ!!俺の事はいいんだよ!!父さんの事だよ!」 すると母はニコっと笑って「大丈夫だよ!くまくんだもの」意味のわかるようで、わからない答え。僕も大人になったらわかるだろうか。「それに、くまくんが居ない時は和希がママを守ってくれるし!ママは幸せ物だなぁ」母は僕の両手を引っ張って笑った。それから僕は高校へ進み長期の休みがあると父の施設へ手伝いに行く。 いつの頃からだろう。父の仕事に興味がわき、父を格好いいと思うようになった。母は僕には無理だよ。と舌を出して笑う。

施設の手伝いと言っても掃除をしながら、すれ違う患者さんに笑顔で挨拶する。これが手伝いだ。 掃除をしたばかりの床に、わざとジュースをこぼす人。ゴミ箱の中に汚物を入れる人。僕の顔見てわめく人。「こんにちわ」に対して「こんにちわ」が無いのが当たり前の世界だ。僕には無理と笑った母もこの世界に居たと思うと信じられない。改めて父をやはりすごい!と感じた。 この世界に居た母と結婚した父をすごいと思った。…しかしこれは僕の中の偏見だ。ローカですれ違う父の笑顔を見て僕は泣いてしまった。僕の心の中は醜い。「どうした和希?」「父さん」「和希が今感じてる気持ちはとても大切だよ。沢山感じて苦しんで成長しなさい」父は僕の気持ちを感じ取ってくれていたのだ。「今日は帰れるから一緒に帰ろう。あと少しの時間だ。頑張れ!」「うん」モップで磨いても汚される。悔しい。でも笑顔で挨拶しなければ…。僕は父の様になりたかった。何故だろう。…マザコン? 母が父を見つめる目がうらやましかった。けれど父にヤキモチとかではないんだ。父に敵意なんてとんでもない。ただ僕にも母のあの目で見て欲しいと思う時が最近多くなった。父の事も母の事も同じくらい好きだ。なのに何故だろう。

家への帰り道、父は母と携帯で話している。途中僕と会話を代わり母は優しく「ご苦労様!和希の好きなシチューバーグだよ!気をつけて帰っておいでね」父の好きな食べ物より僕の好きな食べ物が勝った。「やっぱり息子には勝てないなぁ。ん。でもシチューバーグ美味いから、さっ!早く帰るか!」バスに乗った。「明日は休みだら、みんなで海に行こう。」「うん。いいよ。また母さんに何か言われた?」「うん。まぁ帰れない日が続いたからなぁ」「僕がいたらデートの邪魔じゃん?」「ハハッ。何言ってんだ。今じゃ父さんが居たら邪魔扱いだよ。母さんは和希!和希って!」「ふふっ。良い天気だといいね!」バスを降りて駅前のケーキ店で母の好きなケーキを土産で買った。「ただいまー」「お帰り!」駆け足で迎えに来た。そして父の手を握り次に僕の手を握る。嬉しかった。久しぶりに家族で食卓を囲み、楽しい会話、母が触れている父の手。ちょっぴり皮肉っぽく「じーさんばーさんになっても手繋いで話しすんの?『くまくん』って呼ぶの?」母はクスッと笑い「そうだよ!ばーさんになってもだよ!和希もママみたいな彼女見つけなね」「オエッ。何!キモッ!」ヤキモチを見透かされ僕は恥かしくなった。「ごちそうさま」と席を立ちソファへ移動してテレビの音量を大きくした。僕の背中越しに両親の笑い声が響いた。

翌朝 天気快晴

父の運転で海へと出かける。海に到着するまで母はずっと小さな声で歌を歌ったり鼻歌をしたり御機嫌だ。 「到着だよー」父と僕の間に母が入り二人の手をとりブンブン振りながら、まるで子供みたいに嬉しそうに歩く。僕も嬉しかった。 やっぱり母が笑顔だと嬉しくなる。堤防まで着いた時カメラを車内に忘れたと父が取りに戻った。 母は堤防の上から海を覗き一人ニコニコしている。 そこに父が戻り僕に耳打ちした。「父さんが声かけるから、母さんが振り向いた瞬間に和希シャッターを押すんだぞ」「うん!」「行くぞ。カメラ構えて」「うん」父は大きな声で「夏希ー!!おーい!夏希ー!!」とびきりの笑顔で振り向いた。

カシャ


「撮れたか?和希」

「ん…」僕は泣いていた。母の笑顔で泣いていた。「どうした?」「ん…ゴミ入った。平気だから母さんのとこに行って」 振り向いた母の笑顔の奥に、知らないはずの22年前、当時18、19歳の母が居た。見た事の無い江上夏希の笑顔が見えた。 僕は誰??

早く涙を拭いて両親の所へ行かないと…でも涙は止らない。 「父さーん」僕は父を呼んだ。父と母が走って来た。「どうした和希」父さんなら伝わると思った。 父さんなら理解してくれると信じた。「父さん。さっきシャッターを押した瞬間僕は母さんの奥に江上夏希さんが見えました。僕の心の中で、夏希逢えたねと言う声が聞こえました。父さん。僕は最近、父さんを見つめる母さんにヤキモチみたいな感情があって、でも、父さんを嫌いとかじゃなくて、あの…僕は…僕は誰?とか…父さん…」母が僕の手を握り泣いていた。「夏希、この前話していた事を和希に話してもいいかい?」「くまくん」母はコクンとうなずいた。「和希。母さんがね、お前が大きくなるにつれて、何度か話した事のある亡くなった彼。その彼に似てきている。と父さんに言ったんだ。食べ物の好み、服装の好み一番驚いたのが、お前の声が彼にソックリらしい。それでかな…母さんが父さんの手に触れる回数が増えた。もし、亡くなった彼の生まれ変わりという話しがあって、和希が信じてと言うなら父さんは信じるよ。でも、お前は和希だ!父さんと母さんの大切な子供だ。わかるね。だから僕は誰?と言うなら『和希』だよ。」父はやはりすごい人だ。優しく強く、しっかりと僕を受け止めてくれた。僕は少しだけ落ち着いた。「そうだね。これから彼のお墓参りに行こう。毎年命日に伺っていたのに、今年は私の仕事の都合で行けてなかったね。ごめんね夏希」「行ってくれるの?」「うん。今年は来ないからって彼が怒って悪戯しているのかもしれないよ」と両手を幽霊ポーズにして言った。「やめてよ!」気付いたら、みんなで笑っていた。海から車で一時間位行くとお墓がある。母からしゃがみ手を合せて目を閉じた。すると僕はまた涙が自然に溢れて「忘れない。ずーっと好きだよ。って言ってたじゃん」勝手に口が喋った。母は目を開けて墓を見つめ、手で墓を撫でて涙を流した。僕の方には振り向かない。「忘れてないよ。今でもずーっと想ってるよ。でもね、私の家族が草太の事で泣くのなら…もう嫌いになるよ。大切な…大切な想い出も全部忘れる。それでいいの?」ボロボロ泣きながら墓をさすっている。父がその母の手を握った。「幸せにしますと私は言ったはずです」父は僕の手を引き強く握る。「この現状がもし生まれ変わりだとか、あなたが息子に乗り移っているとか、和希が母親を想うあまりに話し聞かせた内容をそのまま頭に入れてしまっての少しの依存かもしれない。何がどうとか言えないけれど、月下草太という男性を愛した夏希がいて、私達は今存在する。だから、夏希も和希も迷子になるな!私がこれからも守るよ」「父さん」「和真…」父を真ん中に僕と母は父に寄添った。「また来ます」父は墓に頭を下げた。「さっ!帰ろう!」優しく笑う父の顔を見て、このエクボに、そしてこの大きな手に安心感を感じた。母もきっと、この父だから好きになったんだろう。と僕が納得したのか、月下さんが納得したのか、うまく説明出来ない感情があった。僕は月下草太の生まれ変わりなのか、何度も母から聞かされた話しに依存してしまったのか、僕自身も良くわからないけど、あの時の僕を受け止めてくれた父に感謝と尊敬をしました。そしてあの母の笑顔。江上夏希の頃の笑顔に逢えた事を嬉しく思いました。「和希ー。ジュース買うのに何分かかってるのー!早くかえるよー!!」車から大きな声で僕を呼び手を振って笑っている。「今行くよー!!」


僕は父と母の子供て本当に良かった。


おわり

僕は誰?生まれ変わり?悩む息子を救い守る

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