銭湯にて、先輩と
ジャンル:現実世界恋愛
下町の古い銭湯。
開業してから50年以上が経つ。
それでもいまだに現役で営業を続けているというのだからスゴイ。
長年、番頭を務めていたトメばあさんが引退し、近所の若者が営業を引き継いだ。
まだまだ利用客がいることと、文化としての銭湯を残したいという理由かららしい。
立派なことだとは思うが、不安はないのかと聞いたら「先のことは後で悩むことにしている」との返答。
若さゆえの冒険心なのだろう。俺に同じことができるとは思えない。
その銭湯に、先輩と二人でやって来た。
銭湯の入口には昔ながらの下駄箱。
木の札で鍵をかけるタイプのものが置かれている。
番台の隣には石鹸や携帯用のシャンプーなどが並んだラック。
床は年季が入っているが、ピカピカに磨かれている。
前の経営者が大切に扱ってきた証拠だろう。
準備を済ませた俺たちは浴室へと向かう。
今日は女湯に二人で入る。
もちろん、他に人はいない。
二人っきりだ。
浴室の入り口には黄色いタライが詰まれている。カランも鏡もピカピカに磨かれており、タイルの隙間も真っ白。
毎日のように掃除しているからこそ、清潔感が保たれているのだ。手を抜いて掃除をしていたら、こんな風にきれいな環境を保てない。
銭湯の経営は大変だと思う。
「すごいね、とってもきれい」
先輩が浴室の様子を見て目を輝かせる。
壁に描かれた絵はペンキが剥がれて傷んでいるが、それ以外はまったくもって問題がない状態。
普段の利用者も気持ちよく入浴していることだろう。
「先輩もきれいですよ」
恥ずかしさを感じながらも、なんとか口にする。
長くてつややかな黒髪は見る者を虜にする。
蠱惑的な姿態を眺めたら、劣情をもよおすこと間違いなし。
実際、俺は現在進行形で興奮している。
もちろん性的な意味で。
二人っきりなんて、最高すぎるだろ。
「じゃぁ、さっそくはじめよっか」
先輩は俺を見て悪戯っぽく笑いながらウィンクする。
ああもぅ……本当に可愛いなぁ。
俺はずっと先輩に憧れていた。
先輩とは高校時代からの付き合いで、俺たちは美術部に所属していた。
放課後は美術室で思い思いの絵をかきながら将来の夢を語り合った。先輩の話は面白かったし、俺に話してくれることが嬉しかった。
他にも部員がいたので、二人っきりではないのだが……それでもあの時間は特別だった。
先輩が卒業後も俺の思いは消えず強くなる一方。
一大決心して同じ大学に進学し、サークルも同じのに入った。
仲間からはストーカーかって引かれてたけど、先輩とは良好な関係を築けている。
相手はいまだに俺を恋人としては見てくれてないんだけどね。
それでも一緒にいたいという願いが叶って二人っきりでここへ来た。
誰にも邪魔されない先輩との時間。
もう他に何もいらない。
それにしても……可愛い。
胸も、ヒップも、ウェストも。
なにからなにまで魅力的なんだよなぁ。
作業着の上からでもスタイルの良さが分かるよ。
「うっす。貴重なお仕事、ありがたいです!」
俺は脚立を壁の前に置く。
すでに養生は済ませてある。
いつでも絵の修繕に取り掛かれる状態だ。
「じゃぁ、始めるね。
明日は男湯もだから、今日中に終わらせるよ!」
「はい!」
大学を卒業して銭湯絵師となった先輩。
全国に残された数少ない銭湯の絵を修復して回っている。
夢中で働いている彼女を見ていると、どうしても本音が言えない。
俺は邪魔にならないよう気持ちを抑えて手伝いを続けている。
この思いを伝えられるのは、まだ先のことになりそうだ。