中の人は、どこのだれ?
ジャンル:ホラー
「ふんふんふーん♪」
小説を夢中になって書いている美玖。
脱稿したらすぐに投稿。
すると、すぐに感想が付いた。
「あっ! またヤッバー・マルチネンコフさんだ!」
ヤッバー・マルチネンコフとはペンネームである。
美玖の創作仲間だ。
そのユーザーは作品を投稿するたびに感想を書いてくれる。
とても嬉しいのだが……ヤッバーは人気作家。
創作活動を始めたばかりの美玖が仲良くするには、あまりに偉大過ぎる存在。
本当はもっと仲良くしたいのだが、腰が引けてしまう。
「おい、何をしてるんだ?」
父親の博がPCを覗き込んできた。
慌てて美玖はブラウザを閉じる。
「ちょっと! 見ないでよ! 変態!」
「お父さんにそんな言い方はないだろ?」
「変態! 変態! あっちへ行って!」
リビングでPCを見ていたものだから、ついつい気になって覗き込んでしまった。
娘が何をしているのか気になるのである。
翌日。
博が務める会社。
「カタカタカタ……たーんっ!」
ものすごい勢いでキーボードをタイプする博。
昼休みなのでオフィスには人がほとんど残っていない。
出勤前に買ったおにぎりでさっさと食事を済ませ、熱心に作業を続けていた。
「部長、何してるんですか?」
部下の雅代が話しかけてきた。
「ちょっと作業をね……」
「もしかして、例の小説サイトですか?」
「いや……」
「あっ、やっぱり!」
雅代がPCのモニターを覗き込むと、そこには小説投稿サイトの執筆画面が映し出されていた。
「熱心ですよね……何を書いてるんですか?」
「悪いが内容は秘密だ。教えられない」
「もぅ、教えてくれてもいいじゃないですかぁ。
みんな噂してるんですよ。
なに書いてるのか気になってるみたいです」
「……そうか」
博が小説投稿サイトを利用しているのは公然の秘密となっている。
同僚のほとんどが知っているが、話題にはしない。
「そう言えば、娘さん元気ですか?」
「ああ……今はもう中学生だよ。
この前生まれたばかりだと思っていたのに……。
早いもんだ」
「いいですよね、家族がいるって」
「ああ……」
博は子煩悩として知られている。
あまりに彼が嬉しそうに子供の話をするので、普段厳しい態度で部下と接している時のギャップが激しく、好感度を上げる要因となっている。
博にとって娘の美玖は何よりも大切な存在だ。
常に見守っていたい。
だから――
自宅にて。
博はリビングでキーボードをタイプする。
「お父さん、なにしてるの?」
美玖がPCを覗き込む。
「うわ! 見ちゃだめだ!」
慌ててモニタを覆い隠す博。
「もしかしてそれ……あの小説サイト?」
「いや、違うぞ」
「もしかしてお父さんも何か書いてるの?」
「書いてない、書いてない」
「本当にぃ?」
疑いの視線を父親へ向ける美玖。
「ああ……本当だぞ」
「そっか……まぁ、別にいいけど」
美玖は自分の部屋へと行ってしまった。
危うく正体がばれるところだった。
自室へノートパソコンを運んで作業の続きを再開する。
小説投稿サイトを利用しているのは間違いないのだが――。
「このヤッバーなんとかってやつ、中の奴は一体どこの誰だ⁉」
鬼のような形相でPCをタイプする博。
彼は小説投稿サイトを利用しているが、目的は小説の投稿ではない。
娘のアカウントの監視である。
それっぽく小説を書いて投稿しながら、娘のアカウントに接近するユーザーを監視しているのだ。
「またコイツ感想を書いてるのか……クソ。
美玖をどうするつもりだ?!
きっと出会い厨だな⁉
思い通りにはさせないぞ!」
カタカタカタ――キーボードをものすごい速度でタイプする博。
『ヤッバーさんすごいですね^^
今回も面白かったです!
できれば私の小説も読んでもらえませんか?
ぜひぜひ、よろしくお願いします』
感想を書きこむが、返事はない。
それどころか”また”ブロックされてしまった。
これで5回目だ。
「くそっ! またやり直しか!」
ブロックされてはアカウントを作り直し、ヤッバーに接触を図る博。
中の人が何処の誰なのか、いまだに分かっていない。