絶対、大丈夫
「よろしくお願いします!」
大きな拍手で迎え入れられる。
会場には大勢のお客さん。
まばゆいスポットライトが照射される。
「ここにこうして立っていられるのも、皆様のお陰です。
応援ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします」
挨拶をすると、再び歓声と拍手が巻き起こる。
お笑いコンビ『うっしー20』が大人気タレントとして成功するには、多くの困難を乗り越えなければならなかった。
「俺、もう無理かも」
沢田が愚痴をこぼす。
デビューして10年。
決して華々しいとは言えない経歴を持つ彼は、売れないままの期間をやきもきしながら過ごしていた。
何度もコンビを組んでは解散を繰り返し、地方へ営業に行ってわずかなギャラを稼ぐことがせいぜい。
大きな仕事を任されたことは一度もない。
「絶対に大丈夫だって、必ずいつか成功する。
チャンスが巡って来るのを待つんだ」
俺はがっくりとうなだれる沢田の肩を叩く。
一応、所属する事務所からは期待されているのだが、なかなか芽が出ない。
しかし、ここで焦ってはいけないのだ。
俺は彼に少しずつ実績を積み重ねて、ファンを獲得するように言う。
焦ったところでなににもならない。
俺よりも年上である彼を諭すのは苦労した。
やはり年齢差があると言いづらいこともある。
それでも彼は俺の言うことを素直に聞いて、敬意をもって接してくれた。
どんなに腐っても最後まで見捨てず沢田に寄り添ったのは、たとえ年下だろうがフェアーな態度で接する彼の人柄があったからだ。
営業先ではお客さん一人一人と握手をしてお礼を言い、子供たちには必ず笑顔で対応。
ファンだという人が現れたのなら、それはもう嬉しそうに接していた。
そんな彼の姿を見て、この男は必ず大成すると確信。
売れるまではじっと耐え、実力を磨くしかない。
俺が地味に頑張ったこともあり、うっしー20に回って来る仕事も増えて行った。
地方のテレビ局にも出演するようになって、知名度はじわじわと上がっていく。
そしてついに……有名お笑いコンビが司会を務めるトーク番組に出演が決まり、うっしー20は全国区でのデビューを果たしたのだ。
それからは早かった。
軽快なトークと斬新なボケ方が受けに受け、深夜帯の番組に何本もゲスト出演を果たす。地方テレビ局での営業も続け、地元での活動も欠かさずに行った。
いくら人気になったからと言って、天狗になって今までお世話になった営業先をおざなりにはできない。
足元はしっかりと固めていく必要がある。
その甲斐あって、地元では鉄板の人気芸人として受け入れられ、レギュラー番組をいくつも持つようになった。
「ようやくここまでこれたなぁ」
ウーロン茶を片手に、自分たちが出演する番組を見ながら、感慨深く呟く沢田。
酒もたばこもやらず、女遊びもせず、ひたすらお笑いの道に打ち込んできた彼にとって、成功した嬉しさよりも、安堵感の方が勝るのだろう。
放っておいたら燃え尽きそうだった。
「絶対、大丈夫ですよ。俺が付いてますんで」
「ええ、お願いしますよ」
いつしか沢田は俺に敬語を使うようになった。
年齢差とか、長い付き合いとか、そう言うのは関係なく、仕事仲間として最大限にリスペクトするようになったらしい。
俺としてはタメ語のままでもよかったのだが……。
「本当に、本当にありがとうございました!」
観客に深々と頭を下げる沢田。
鳴りやまない拍手の音と、歓声が彼を包む。
「がんばって」「まけないで」「おうえんしてるよ」
観客たちから贈られる沢山の言葉。
沢田は頭を下げたまま涙を流していた。
俺は舞台袖からその姿を見守る。
「お疲れさまでした、沢田さん」
「ありがとうございます」
戻って来た沢田を両手を広げて迎え入れ、軽くハグを交わす。
「相方の大里さんも、天国で見守ってくれてると思いますよ」
「だといいんですけどね……」
お笑いコンビ『うっしー20』の相方である大里は、昨年に交通事故で亡くなっている。
信号待ちをしていたところへハンドル操作を誤った車が突っ込んできたのだ。
運転手が高齢者ということもあり、事故は大きく報道され、皮肉にも一人残された沢田の躍進に繋がったのだ。
二人のマネージャーである俺は、その事件を大いに利用した。
同情を誘いつつ沢田の露出を増やすように各局テレビ局に働きかけ、コンビ名も継続して使うように進言。
もともと一人でもトークで場を盛り上げられる能力を持っていた沢田は、現在ピン芸人として活躍している。
正直なところ、大里の死について俺はなんとも思っていない。
むしろ沢田を売り出すチャンスとさえ思った。
ネタはほぼ沢田が一人で作っていたし、大里は番組に出演した時も遅刻するなど足を引っ張ることが多かった。
俺が売りたかったのはうっしー20ではなく、沢田一人だけ。
「今までありがとうございました、西谷さん。
これからもよろしくお願いします」
沢田は握手を求めて来た。
快く握手に応じたものの、どこかばつの悪さを感じる。
「ええ、こちらこそ。
沢田さんなら絶対、大丈夫です。
俺が付いてますから」
俺は感情のこもっていない冷淡な笑みを浮かべて答えた。