プロポーズ大作戦、君の瞳に乾杯
明人さんは私を夜景の見えるレストランへ連れて行ってくれた。
街で一番高いビルの最上階にあるそのレストランでプロポーズをすると、夫婦仲が円満になるというジンクスがある。
そんな場所へ私を連れて行ってくれるなんて、なにかサプライズでも考えているのだろうか?
久々に着飾って、お化粧もしっかりして、いざ夜景の見えるレストランへ。
ちょっと気合を入れすぎたせいか非常に緊張する。
最近、太り気味のせいかドレスがきつくなっていた。
ウェイターは私たちは窓際の席へ案内してくれた。
少し高めのワインで乾杯をして、運ばれてくる食事に舌鼓を打つ。
「明人さん、私のどんなところを好きになったの?」
「僕は――」
今までに何度か同じ質問をした記憶があるが、また同じように尋ねてしまった。
明人さんは嫌がらずに真剣に悩みながら、私の好きなところを上げていく。
たまに嫌いなところも言ったりするけど、「でもそんなところも好き」と付け加えてフォローも忘れない。
この人を好きになってよかったなぁと思っていら、予想もしないことが起こった。
「僕と……僕と結婚して下さい」
跪いて指輪を差し出すと、さらに続けてこう言う。
「アナタのような女性と出会えて幸せだ!
君の瞳に乾杯!」
あまりにベタなセリフに、思わず吹き出しそうになってしまった。
しかし、ここで笑ってしまっては失礼なので、なんとか耐える。
しばらく答えが無くて不安になったのか、彼は気まずそうに質問した。
「あの……僕のこと、嫌い?」
「ううん、好きだよ」
その答えに満足したのか、急にジャンプして「ひゃっほぃ」って叫んでいた。
いや……マリオかよ。
突然の出来事に他のお客さんは苦笑いしたり、迷惑そうな顔をする人もいた。
当然の反応だと思う。
「じゃっ、じゃぁ……」
「私を幸せにしてくださいね」
「うおおおおおおおおお!」
プロポーズが成功して両手でガッツポーズして天を仰ぎ見ながら叫ぶ彼。
いや……プラトーンかよ。
「あの……お客様、困ります。
大きな声を出さないでください」
さすがに見かねたのかウェイターが注意する。
少しして私たちのテーブルにケーキが運ばれてきたが、とても落ち着いて食事をする空気ではない。
「ねぇ、明人さん」
「……なに?」
「そろそろ帰ろっか」
「そっ……そうだね」
動揺を隠せない明人さんを連れて、私たちはレストランを後にした。
「それでね……ケーキ食べ損ねちゃったの」
「それはひどいわね」
話を聞いた母は眉間にしわを寄せる。
彼女からしても、あまり気持ちの良い話ではなかったようだ。
「プロポーズするにしても、やり方があるでしょうに。
周りの人に迷惑をかけてするようなことじゃないわ」
「ええ、その通りですよ妙子さん」
うんうんと、義母が頷きながら言う。
何故か私の母と義母は仲が良い。
一緒に映画を見に行ったりするくらいだ。
「ねぇ、明人。あなたはどう思うの?」
義母は奥のソファで小さくなっている明人さんの方を見て言う。
「僕は……うん」
バツが悪そうに顔を背ける明人さん。
「あの……お義母さん。そっとしておいてあげてください」
「え? そう……分かったわ。それで、文句は言わなかったの?」
「さすがに、ちょっと可哀そうかなって」
義母の言葉に笑いながら答えるが、本音を言えばやめて欲しかった。
「それにしても災難だったわねぇ、せっかくの結婚記念日なのに」
残念そうに母が言う。
母と義母が我が家へ来ているのは、子供たちの面倒を見てもらうためだ。
私たちが戻って来るまで大騒ぎしていたらしいけど、先ほど二人で寝かしつけたそうで、今は全員ぐっすりと眠っている。
「まぁ……明人も似たようなことしたしね」
義母が言うと、明人さんはますます小さくなる。
明人さんは私を海辺に呼び出してプロポーズしてくれた。
私がオーケーすると彼は暴走して海に飛び込んだんだっけ。
泳げない彼を助け出すのは大変だった。
「あの時は……ごめんね、紗枝さん」
申し訳なさそうに私を見ながら明人さんが言う。
この弱気な感じがたまらなく好きなのだ。
彼と結婚して本当に良かったと思う。