慈愛に満ちた瞳で
どこかで、もの寂しそうな鳥の囀りが聞こえる。南へと渡る鳥の、別れの歌だろうか。残念ながらレイチェルには、その言葉は分からないけれど。
鳥籠の裏庭に置かれたテーブルセットの椅子に座り、グラスに注がれた血を飲んだレイチェルは、何かを憂えるような表情で微かに息を吐き出す。
向かいに座っていたレヴィはそれに気がつき、首を傾げた。金色の髪がさらりと揺れ、青い瞳が面白そうに瞬く。
「久々の僕の血は美味しくなかった?」
きっとそんな事は、欠片も思っていない問いかけ。レイチェルが何を憂えるのか、レヴィにはお見通しである。
だが、それを素直に口にするレイチェルではない。小さな笑みを浮かべ、グラスの中身をすべて飲み込むと、軽やかな音をたてて机に置きながら口を開いた。
「いいえ。あなたの血はいつでも美味しいわよ。一番馴染みのある味だもの。ただね、少し昔を思い出してしまったのよ。血を飲む練習をしていた時、『ガジガジしてないでちゃんと噛みつきなさい』ってあなたに叱られてばかりいたでしょう?あなたの教育は、厳しいったら無かったわ」
「ああ、そうだったね。懐かしい。おかげで僕の腕は痣がたくさん出来た。ちゃんと牙をたててくれた方が、すぐ再生してくれるからね。不思議なことに、内出血は治りにくいんだよ」
「人間と同じね。この間、わたくしも同じ体験をしたばかりよ」
クスッと笑って、レイチェルは空を仰ぐ。
まもなく冬を迎える空はどこまでも高く、空気は澄んでいる。旋回する鳥と、流れる雲、夕暮れへ変わりゆく空。木漏れ日の下で飽きることなく、いつまでも空を見上げて過ごしていた頃を思い出す。
あの頃は、退屈だなんて思わなかったのに。ここに帰ってから、時間が経つのがやけにゆっくりと感じてしまう。レヴィとこうしてお茶をしていても、あの笑顔を見たいと望んでいる。
レヴィの血のおかげか、クライヴの血が欲しいという欲求は抑えられている。けれど、優しい面影は消えてはくれない。
ため息を吐き、目を閉じる。帰って来た事に後悔はない。最後の思い出にと血を貰い、気絶させてしまったことにも。ちなみにその事は、レヴィには言っていない。きっと怒るだろうから。
むしろ、これで良かったのだと思う。きっと今頃、自分に怒っている事だろう。嫌われてしまえばいいのだ。きっとこの胸の痛みは、永い永い時が癒してくれる。
そんな事を頭の中で考えているレイチェルを、レヴィは慈愛に満ちた瞳で、僅かに微笑みながら見つめていた。




