鮮やかな深紅の薔薇
「見て。エイヴリー伯爵のご令嬢よ」
「ああ、ヴァンパイアのお嬢さんでしょう?」
そんな言葉が聞こえて、クライヴは思わず彼女たちの視線の先を辿る。若々しい見た目とは裏腹に、深い緑色のドレスというシックな装いの女性。
壁際に据えられたソファにゆったりと腰掛け、どこかの婦人と会話をしている様子は、落ち着いていて気品があり、赤い唇には優雅な微笑みが湛えられている。
一見するとただの貴族令嬢にしか見えない彼女が、ヴァンパイアだというのか?そんな疑問が頭をもたげた。
だがすぐにクライヴは、彼女たちの表情から、ただの陰口を叩いているつもりなのだと知る。ヴァンパイアのお嬢さんというのは、尻軽だとか男遊びが激しいものを、揶揄する流行りの表現なのだ。
彼女たちは聞こえよがしに、なおも囁きあう。いくら声を抑えても、女性が集まるとかしましい。
「婚約解消したらしいわね」
「捨てられたとか」
「私が聞いたところによれば、彼女が乗り換えたという話しでしたけど」
「どちらも似たようなものでしょ」
「隣のご婦人はシャーロット様よね。元アップルトン伯爵の未亡人の」
「そのようね。最近は見目麗しい方を侍らせているとか」
「まあ。もうあまりお若くはないでしょうにねえ。お盛んですこと」
思わず眉間に皺が寄りそうな彼女たちの言葉を聞くともなしの聞きながら、どこかで見た顔立ちだと思考を巡らす。そして、エイヴリー伯爵の娘、という事で思い出した。いつの日か、母が勧めて来た女性だと。
当時の侯爵夫人は、クライヴの結婚相手を捜す事を自分の使命だと考えていたようだった。いつまでも失恋を引き摺るなんて、侯爵家の男らしくない。ここは、自分が相応しい相手を見つけなければ、という風に。
フランチェスカの姪にあたるという事を、クライヴは後から知った。しかし、こうして初めて本人を目にしても、言われなければ分かるはずもない。花に例えるならば、フランチェスカは可憐な淡い桃色の撫子、彼女は艶やかな深紅の薔薇、といったところか。
やがて、婦人が席を外すのと同時にダンスが始まると、すぐに彼女は誘いを受けていた。優雅に踊るその姿を思わず目で追ってしまったのは、本当にヴァンパイアだったなら、その中から血を吸う相手を選ぶのだろうか、と考えていたからだった。
とはいえ、その日の彼女に変わった様子はなく、何人かと踊った後、戻って来た婦人と共に馬車で帰っていったけれど。その日の彼女の姿は、鮮明に焼き付いていた。




