教会
──三日後。
約束通り、クライヴがレイチェルを迎えにやって来た。赤と黒を基調とした、四頭だての馬車である。見送りもそこそこに、少なめの荷物と共にレイチェルが乗り込むと、伯爵家を出発した。
少しずつ離れて建つ貴族たちの住まう屋敷を横目に、王都の通りを行く。まだ午前も早いからか、大通りを歩く人は少なかった。
伯爵家からクライヴの屋敷までは、それほど遠くはない。王都の中心、王の住まう宮殿のほど近くに、アッシュベリー侯爵邸は建つ。伯爵家からは、30分もかからないだろうか。
さすがに領地であるアッシュベリーまでは距離があるが、夏のこの時期、貴族は町屋敷に滞在している。だからこそ多くの社交の場があり、レイチェルにとっては暇つぶしに最適の時期なのだった。
「……そういえば。教会に報告をしなければならないのではありませんか?」
石畳を叩く軽快な足音が聞こえる中、流れる景色を見つめていたレイチェルが、ふと思い出したように口を開いた。向かいに座っていたクライヴは、ああその事か、と応じる。
「それならもう済ませてある。書類にサインをするだけで、驚くほどあっさり終わった。ヴァンパイアと人間の結婚など認めない、とでも言われるかと思ったが」
そう言って肩をすくめたクライヴに、レイチェルが楽しそうに笑った。ヴァンパイアと人の結婚は、互いが了承していれば認められる。鳥籠のヴァンパイア以外は。
この国に暮らす後天的なヴァンパイアは、数は多くないが、そのほとんどが、鳥籠のヴァンパイアにより血を与えられている。そして鳥籠で数年暮らした後は、レイチェルのように元の生活に戻ることが多い。もちろん、結婚した者もいる。
教会がそれを認めているのは、ヴァンパイアにも人と同じ感情があるという事を、知っているからだ。それを知る少数の貴族の中には、あくまでも内密に、その長年の知識などを頼みとして、ヴァンパイアを雇う事もあった。
そして、教会に登録してあるということは、教会から守られているということでもある。だからこそ、比較的自由に行動できるのだ。
「わたくしたちも寿命がありますけど、年を取りません。ですから本来は、同じ場所に長く滞在はしたくないんですの。けれど元人間であるわたくしたちは、生まれ育ったその場所で、いつか別れが来るその日まで、愛する人たちと過ごしたい、という思いが強いのですわ。それを全て取り上げられたらどうなるか、分からないほど教会も愚かでは無いという事でしょう」
黙ってレイチェルの言葉を聞いているクライヴは、確かにな、と笑って頷く。それから、今度は自分の質問を口にする。