別れを選んだ
エイヴリー伯爵領は一年を通して穏やかな気候で、広大な草原が広がり、羊の放牧が行われている。この羊の毛皮の質は高く、これからの季節は重宝されるし、肉料理も有名だ。
柵の中へ戻されるまで、のびのびと草を食んでいる山羊や羊たちの様子を横目に見ながら、クライヴは伯爵邸への長閑な馬車道を辿っていく。
この草原を、幼いレイチェルは駆け回っていたのだろうか、と想像すると僅かな緊張もほどけた。さすがにクライヴも、今の状況でレイチェルの親に会うのは緊張するのだ。
まずはどうやって切り出そうか、と考えているうちに、やがて辿り着いたエイヴリー伯爵邸は、白い壁が緑に映える壮麗な邸だった。
客間へ通されると、すぐに伯爵夫人が姿を見せ、まずは謝罪を口にする。眉を下げる困ったその顔は、レイチェルにそっくりだった。
「申し訳ありません。あいにく主人と息子は、三日前からご友人のお宅へ出かけておりまして。私が応対させて頂きます。侯爵様には申し訳ないと伝えてくれ、と申しておりました」
「構いませんよ。レイチェルの事なら、あなたの方がお詳しいでしょうから」
クライヴが言うと、伯爵夫人はほっとしたようだった。当然だろう。侯爵を出迎えるのに、屋敷の主人がいなければ失礼になると考えるのが普通だ。どうしても外せない用事なら、代理に後継者である息子は残す。
それに今回の場合は、あらかじめ知っていたはずなのに、二人は逃げるように口実を作って、さっさと出かけてしまったのだ。そうしてまで、これからの話題を口にしたくないのだと夫人は分かっているが、それをクライヴがどう思うか心配していたのだ。
夫人は安堵した顔でクライヴの正面に腰かけ、前置きは無しに本題を口にする。
「レイチェルの事で、お聞きしたい事があるそうですね。今日は一緒に来ていないという事は、あの子は別れを選んだという事ですか」
意外にはっきりと言うのもまた、レイチェルに似ている。クライヴは少し気を引き締つつ、口を開いた。
「……私はそのつもりではありません。出来れば連れ戻したいと考えています。私は、レイチェルに戻って来てほしいですから。行き先に、心当たりはありませんか」
「自ら姿を消したあの子が行く場所は、一つしかありません。あの子がヴァンパイアとして生まれ変わった鳥籠に、帰ってしまったのでしょう。家を出る時にも、いつかはそのつもりだと言っていましたから」
「その場所は何処ですか?」
クライヴの問いかけに、夫人は目を伏せて首を振る。そして、四年前の事をぽつぽつと語り始めた。




