笑えない冗談
クライヴはその紙切れを前に、腕を組んで座っていた。ゆったりとしたブラウスに長ズボンという普段着で、顔は青白く、疲れきっているようにも見える。
場所はレイチェルの為の部屋。レイチェルと結婚してから、クライヴはこの部屋を改装させた。クリーム色の壁にはアッシュベリーの風景画が飾られ、大きな張り出し窓からは、町が小さく見える。
木製の飾り棚や化粧台、小さなテーブルと椅子。柔らかな絨毯は、レイチェルの好きな薔薇が描かれていた。
初めて部屋を目にした時の喜んでいた様子を、クライヴは鮮やかに思い出せるのに。三日しか滞在していないこの部屋は、初めから誰も居なかったかのように、あまりにも綺麗すぎる。
残された物は、ドレスが何着かと装飾品類、そしてたった一枚の紙切れ。そこに書かれた、さようならという文字。なんという笑えない冗談か、とクライヴは独り言ちる。
あの夜のレイチェルは、確かにどこか不安そうだった。だがその後でクライヴは、理性を抑えるのに必死になってしまって、それどころではなくなった訳だが。
あんな格好で、美しく微笑みながら首筋を撫でられて、反応しない男がいるだろうか。あれを素でやっていたのなら、そら恐ろしい。
意志が弱ければ、あっさり誘惑に屈してしまいそうだ。血をもらうためとはいえ、寝室は危ないな、とため息を吐く。
万が一、別の誰かがこの栄誉に浴していたら、嫉妬の炎に焼き尽くされる事だろう。伯爵令嬢であるレイチェルが、気安くそんな事をするはずもないのが救いか。
と、そこにジャックが姿を現した。
「クライヴ様。エイヴリー伯爵家への手紙を出して来ましたよ。三日後くらいには届くと思います」
「ありがとう」
「クライヴ様は、レイチェル様があちらへ行ったとお考えですか?」
「いや。そんなすぐ分かる所へは行かないだろう。だが、伯爵夫人が何か知っているかもしれない」
希望的観測に過ぎなくても、やれる事はやる、というのがクライヴの心情である。こんな紙切れ一枚で諦めるとレイチェルが思ったのだとしたら、それは大きな間違いだ。
何よりまだ、クライヴはレイチェルに伝えなければならない事がある。
「必ず捜し当ててみせるさ」
そう決意したクライヴに、ジャックが笑みを浮かべる。打ち沈んだ主人を、元気付けるように。
伯爵からの返事が来たのは、一週間後の事。内容は、会って話がしたいというもので、早速クライヴは、伯爵領エイヴリーへと向かったのである。




