無表情に
ジャックの迎えで帰宅後、二人はそれぞれの部屋へ引き上げた。
が、すぐにクライヴの寝室を、レイチェルが訪れたのだった。クライヴはちょうどベッドに入ったばかりのようで、寝台の上でレイチェルを見ている。
「……レイチェル?どうした」
僅かに困惑した様子なのは、これが初めての事だからだろう。レイチェルは少し厚手の、白いシュミーズドレスを着ているだけで、しかも裸足のため、見ている側が寒くなりそうな装いである。
レイチェルは少し遠慮がちにベッドの側に寄って、口を開く。
「あの……」
「ん?」
「血を、戴きたくて」
「ああ。構わないが。移動した方が良いか」
「いえ。そのままで。失礼いたしますわ」
そう言ってレイチェルは寝台に上がると、クライヴの足の上に乗るようにして座り、体を支えるように肩に手を置いた。さらに困惑しているクライヴに微笑し、首筋を撫でる。
その瞳が深紅に染まった事をクライヴが認識するより早く、首筋に噛みついた。息を飲むクライヴの気配がする。それでもレイチェルは、牙を離すことはしない。
「レ、イ……、っ……」
苦しげに名前を呼ばれて、ようやく首筋から顔を離してクライヴの顔色を窺う。レイチェルの口の周りが、血で染まっている。レイチェルは努めて無表情に、クライヴを見下ろした。
クライヴは蒼白な顔でレイチェルを見つめ、そのまま気を失ったのだった。
それを確認してからレイチェルは寝台を下り、口元を手で拭った。その手についた血を舐め、少しほっとしたように微笑む。数日ぶりの、満ち足りた気分だった。
それから、その体を支えてベッドに寝かせてやると、クライヴの顔を静かに見つめる。やがてレイチェルは微笑み、クライヴの前髪をかき分けてその額に口づけを一つ落としてから、振り返らずにクライヴの部屋を後にした。
自室に戻ったレイチェルは、少し迷ってから書置きを残す事にした。さようなら、とただ一言。気絶するほどの血を飲んだ後に出て行ったのだから、必要無い気もしたが、気持ちの問題だ。
万が一にでも、捜されたりしないように。妻が急に消えれば不自然だが、病気という事にするだろう、とレイチェルは考える。
そうしてケープと靴だけを手に取ると、窓からそのまま外へ飛び降りた。
音もたてず地面に着地し、靴を履きケープを羽織ると、森の方へ向かって歩き出す。一度だけ屋敷を振り返り、しばらく見つめていたが、やがてフードを被ると再び歩き出した。
この森を辿っていけば、レヴィの鳥籠へ辿り着くとレイチェルが知ったのは、つい最近の事だった。普通の人間は、歩いてたどり着けはしないだろうが。
ダンスで踊り疲れたはずなのに、歩いて、歩いて。空が白み始める頃、懐かしい萌黄色の屋敷が目に入る。その屋敷の前で、レヴィが待っていた。
少し悲し気に微笑んでいる。帰って来てしまったんだね、という風に。レイチェルは立ち止まって、泣きそうな顔で微笑む。
「お帰り。レイ。僕の可愛い小鳥」
そう言って両腕を広げるレヴィの胸に、レイチェルは走って飛び込んだ。




