いつか遠い未来で
その次の日も、レイチェルはジャックと共に町へ出て、大いに楽しんだ。この日はショッピングではなく、町を訪れている劇団の一座を観劇していた。中央広場は凄い人だかりで、彼らと一緒にレイチェルとジャックは泣いたり笑ったり忙しい。
思えばこの2日間は、レイチェルにとって、最も穏やかな日だったかもしれない。
どの貴族にも言える事だが、夏は慌ただしく過ぎ去るもの。社交界での気疲れを癒すこれからの季節が、ようやく一息つける。このアッシュベリーは冬は厳しく、備えなければならないにしても、今はただこの穏やかな時を楽しみたい。
退屈を嫌う貴族は屋敷に友人を招き、狩りをしたり、夕食を共にしたりする。ダンスパーティを開く奥方もいるし、王宮から離宮へ移った王族から、サロンへ招待されることもある。
しかし、今のところレイチェルにそんな予定は無いし、これからも無い。何の気兼ねもなく自由に収穫祭を楽しめたからこそ、穏やかな気持ちになれているのかもしれない。
「ありがとう、ジャック。今日も付き合ってくれて」
クライヴの屋敷への帰路をゆっくりと歩きながら、レイチェルは口を開く。町からまっすぐ歩いて二十分程の道のり。馬車もあったが、歩きたいとレイチェルが言ったのである。
それは、この景色を目に焼き付けておきたいという、レイチェルの願いから来るものだった。
空が桃色に染まる中を、静かに歩くのがレイチェルには心地よい。隣を歩くジャックは、レイチェルの心境には気がつかずに首を振り、快活に笑った。
「いえ。こんな事を言ったら怒られるかもしれませんが、僕も楽しかったですよ。姉がいたらこんな感じかと思いました」
「怒ったりしないわ。でも、都で奥様にそんな口を聞いているのを見られたら大変よ。気をつけてね」
「はい。明日はご主人であるクライヴ様が一緒ですから、良かったですね。結婚して初めての収穫祭を、思い切り楽しんでください」
「ええ。最後だものね」
「来年もありますよ」
「……そうね」
レイチェルは曖昧に笑って、語尾を濁す。
来年は来ない。最初で最後の収穫祭。レヴィに訴えたあの日から、決意は変わっていなかった。むしろ、心穏やかになった方が、その決意が固まっていた。
だから、最後だから、レイチェルはいつも通りの自分で、笑って終わらせようと思っている。
いつか遠い未来で、クライヴとの思い出が、ただ懐かしいと思える日が来る事を信じて。
心は凪いだ海のように、静かだった。




