勇気を持って
それは丸い形をしたお菓子で、まだほんのりと温かい。両手で受け取ったレイチェルが不思議そうに見つめていると、ジャックが笑いながら口を開く。
「どうぞ。この辺りのお菓子なんですよ。まわりの皮がもちもちしていて、中には果物の甘露煮が入っています。ちなみにそれは林檎です」
ジャックはそう言いながら、自分の分を口に運んだ。それを見たレイチェルは目を丸くしている。もぐもぐとしているジャックは、不思議そうに首を傾げた。
伯爵令嬢として育ったレイチェルに、往来で物を食べた経験などあるはずもない。伯爵領で祭りがあったとしても、その辺り厳しかった伯爵は、必ず持って帰って食べさせていた。
周りを見れば、確かに女性も男性も、食べ歩いている人たちがたくさんいるが。貴族令嬢としての礼儀作法を叩きこまれているレイチェルには、中々に踏み出せない問題だった。
「……ここで食べるの?」
「はい。クライヴ様もよくやっていましたよ。先代の頃は、こうやって二人で出かける事が多くて」
笑って言っているジャックに頷きながら、勇気を持って、と自分に変な気合を入れつつ、おそるおそる口に運ぶと、レイチェルは次第に顔を綻ばせた。
「美味しい」
レイチェルがそう口にすると、ジャックは自分が作ったかのように満足そうに笑う。ジャックにとってレイチェルは女主人の筈なのに、これではジャックの方が立場が上のようだ。
けれど二人ともそんな事は気にしていないし、周りから見れば本当に兄妹のようだったのだから、微笑ましい光景だった。
「でしょう?クライヴ様とイライアス様にも買いました。お二人とも、きっと喜ぶと思います」
「だったら、お茶の時間には戻りましょうね」
「ですね。次はどこにいきますか?」
とりあえず適当に歩きましょう、というレイチェルの提案で、二人は再び歩き出す。レイチェルはすっかり、この町が好きになっていた。
一歩違う通りへ入れば、また違う表情を見せてくれるのが、この町の魅力だった。
芝生の綺麗な公園がある通りでは、子供を遊ばせながら、井戸端会議を開いている奥様方がいたり、気持ち良さそうに寝ている猫がいたり。
レストランが立ち並ぶ通りは、昼時ともなれば賑やかで、同じ形をした二階建ての小さな家が立ち並ぶ静かな通りでは、窓辺に色とりどりの花が飾られ、顔を出した子供たちが、通りを行く人を興味津々に見下ろしている。
レイチェルが手を振ると、少し恥ずかしそうにはにかみながら、振り返してくれたりもした。




