あともう少しだけ
「クライヴ様のような方と、こんな風に出会えた事。そして、お母様より先に死んでしまう事は、もう二度とないという事ですわ」
夫人は少し目を見開いて、そうね、と気が抜けたように笑った。あの時と違って不慮の事故で死ぬことも、病に倒れる事も無い。その事が少しでも救いになれば、とレイチェルは思う。
母の愛が無ければ今頃、自分はここには居なかった。戻って来てからのレイチェルにとって、何よりもの拠り所であった。
夜会に行っては真夜中まで帰らない、困った娘なのに。いつもいつも待ってくれている事が、どうしようもなく嬉しくて。あともう少し、一緒にいたいと願った。
それは、レイチェルのわがままであると同時に、心配だったからでもある。いつか来る別れの日を、お母様は耐えられるかしら、という。
「お母様、ご自分を責めないでください。わたくしはこれからも、楽しく生きて行きますから。それに、もしも鳥籠へ帰っても、わたくしと会えなくなるわけではありませんわ」
「あなたは私の可愛い娘。いつまでも愛しているわ。それを忘れないでね」
「はい。……お母様、そろそろお休みになられてください」
「今日だけ、一緒でもいい?」
まるで子供のような言い草に笑って、レイチェルは頷く。
「では、わたくしが子守唄を歌いますわ」
「あらあら。昔は私があなたに歌っていたのにね」
「そうでした。でも、お母様はいつも先に眠ってしまいましたわ」
「そうだったかしら?」
ふふふ、と笑う夫人と一緒に笑いながらベッドに入り、目を閉じる。そして、歌詞を思い出しながら、レイチェルは子守唄を口ずさんだ。
その歌は鳥籠に居た頃も、よく鼻歌で歌っていた。レイチェルに血を与えた、いわば親のようなヴァンパイアは、その様子を優しげな瞳で見つめていたものだ。聞かれていたと分かると照れて、しばらく歌わなくなるのだが、気が付けばまた歌っているのだった。
しばらくして、隣から深い寝息が聞こえてくると、レイチェルは目を開ける。顔を向け、すっかり眠った様子に笑みを浮かべると、おやすみなさい、と呟いて再び目を閉じた。
そして、これから訪れる新しい生活に思いを馳せる。ヴァンパイアとなった自分には関係ないと思っていた事が、変わり者のクライヴからもたらされた。
どんな生活になるのだろう、という期待もあり、不安もある。それでも、楽しい暮らしになるかどうかは、自分次第だ。
夜が明けるのを待ちながら、レイチェルは子供のように胸を弾ませるのだった。