有り余るほどの
──数日後。
石畳の敷かれた王都の街道を西へ進むと、やがて広大な穀倉地帯に出る。小さな町があるだけのそこが、アッシュベリー侯爵領である。
クライヴの屋敷は、町から少し離れた緑に囲まれた場所に建つ。近くには小川が流れ、日の光を受けてキラキラと輝いていた。
「素敵な場所ですわね」
バルコニーから外を眺めていたレイチェルが、隣に立つクライヴに言う。
ちょうど真上にかかった太陽が、大地を照らしている。まだまだ冬は遠く、温かさを感じる。収穫で働いていた者たちは木陰に腰を下ろし、弁当を食べているようだ。穏やかな人々の営みが、どこか懐かしさを感じさせる。
早朝に出発して、つい先程到着したところであった。エディは町屋敷に残り、イライアスと、夏の間この屋敷を管理していたジャックがいるだけで、町屋敷と変わらず静かである。
「そうだろう。俺の自慢だ」
大げさに言うクライヴに、レイチェルは軽やかに笑った。明るく振る舞えているだろうか、と思いながら。あの日以来レイチェルは、努めて明るく笑うようにしているのだ。
「クライヴ様ったら。ですが、その気持ちも分かりますわ。それもこれも、クライヴ様が領主として、しっかりとやっているからこそでしょう。ある領地では、住民たちが暴動を起こしたり、移住したりという話も聞きますもの。ここは穏やかで、平和で。幸福ですわ。……それだけで、わたくしにはきっと有り余るほどの」
眩しい物を見ているように、レイチェルは目を細めた。ここではないどこかを見つめている瞳に、クライヴの胸が少しざらつく。
どこか遠くへ行ってしまいそうだ、と。
「なあ、レイチェル。俺は……」
クライヴが口を開いたのと同時に、何かが爆発するような音が轟き、声が掻き消された。驚いて思わずしゃがみこんだレイチェルには、どのみち聞こえていなかっただろうが。
「い、今の音は何?」
丁寧な口調が剥がれ落ちたレイチェルに、クライヴが珍しく声を出して笑う。そしてレイチェルの手を引いて立たせながら、言葉を続けた。
「あれは空砲だ。今日から収穫祭だからな。と言っても俺は、最終日くらいしかゆっくり出来ないが。レイはジャックと一緒に見てくるといい」
「……最終日は、一緒に行けますか?」
「ああ。約束しよう」
笑って言ったクライヴに、レイチェルも笑った。花も恥じらうのではないかと思うほどに、美しく、華やかに。
収穫祭の最終日は三日後。
レイチェルにとってもその日が、最後の日になるだろう。




