物足りない
夕暮れに帰宅後、レイチェルは泣いた後の顔を見られたくなくて、こっそり部屋に上がりたかったのだが、優秀なエディが奥様の帰宅を見逃すはずもなく、あっさりと出迎えを受けていた。
けれど優秀で気の利いたエディは一瞬目を丸くしたものの、すぐにいつものように微笑んだのだ。
「お帰りなさいませ、奥様」
「ただいま、エディ」
クライヴの姿が無いことに、我知らずほっとしているレイチェルに、エディが問いかける。
「教会からの荷物が届いておりますが、いかがいたしますか」
「あぁ……。全部ちょうだい。後で部屋に持って来てくれるかしら?」
レイチェルが答えると、少しの間を置いて、エディが物問いた気な顔で口を開いた。
さすがに、エディもおかしい事に気がつくだろう。これまでずっと、一本で十分だと言っていたのだから。それが次第に増え、今では全部と言うのだ。何かおかしいと、思わない筈が無い。
「今日も、全部ですか?」
「そうよ。そういう気分なの。だからお願いね。それから、夕食も要らないわ。叔母様のところで、少しいただいてきたから。クライヴ様にそうお伝えして」
「……かしこまりました」
早口でそれだけを告げると、何か言いたそうなのを堪えたエディの前から足早に退き、部屋へ戻った。
その後すぐにエディが言った通りに持ってくると、レイチェルは、三本の瓶すべての血を口にした。それでも、物足りないと感じてしまう。何が原因かは、分かりきっているけれど。
だがレイチェルは、原因を取り除く事が出来ない。教会からも、血を飲む量が増えた事を注意する手紙が来ている。
これに関してはきちんと原因は分かっている返事を書いたが、それでもまだ解決には至らない。このままでは強制的に鳥籠に帰されると、分かっているのに。
理由はただ一つ。怖いからだ。怖くて怖くてたまらない。本当の事を知ってしまう事が、どうしようもなく怖い。
「……レヴィ」
弱弱しく震える声で呟くのは、親であるヴァンパイアの名前。レイチェルは床にうずくまり、自らの体を抱きしめた。
次第に夜の帳が下りてきた部屋を、影が埋め尽くしていく。床に転がった空の瓶たちも、ゆっくりと闇に沈んでいく。それが自分の心境のようだと、レイチェルは思った。
(こんな気持ちを知るくらいなら、戻って来なければ良かった……)
その瞳から、すっかり治まったと思った涙が、止めどなく溢れてくる。それを拭う事もしないまま、嗚咽を堪えながらレイチェルは泣いている。
「レヴィ。わたくしは……、どうすればいい?」
レイチェルの問いかけは静かに、部屋に溶けて消えた。




