たくさん悩んで
そういえば、クライヴはこの噂を知っているのだろうか、という疑問がレイチェルの脳裏を掠める。
もし知っていたのなら、とんだ尻軽女だと思われていた、もしくは、思っているのではないだろうか……。自分で思いながら、胸に鈍い痛みが走った。
「ところで、クライヴはあなたに何か、辛く当たったりするの?」
そんな事を考えていたレイチェルの耳に、フランチェスカの少し遠慮がちな声が届く。
フランチェスカはきっと、ディックとの婚約解消の理由も知っているのだろう。けれど、クライヴがあの男とは全く違うというのは、フランチェスカも知っている筈だ。そう思って、レイチェルは安心させるように笑顔を浮かべる。
「いいえ。とてもお優しいですわ。だけどそれがむしろ、最近は苦しいんですの。だってクライヴ様にとってわたくしは……」
あぁ、そうだわ、とレイチェルは唇を噛む。教会からの支給を除き、自分の血以外は口にするな、というクライヴとの約束は、そういうことだったのだと思った。
そんな約束を取り付けなければ、誰彼構わず血を貰うと思われているのだ。
こんなうがった見方をしてしまうのも、今のレイチェルの心情では、しょうがないことかもしれない。歪んだレイチェルの顔を、フランチェスカがびっくりして見つめた。
「レイ。泣いているの?」
「え……」
その言葉に驚き頬に手を当てれば、確かに濡れている。ヴァンパイアとなってから、初めて流した涙だ。この涙は一体どこから来るのだろう、とレイチェルは不思議に思う。
呆然としたように、ただただ涙を流すレイチェルに、フランチェスカは立ち上がって、おろおろとしている。
「何があったの?もしクライヴが酷い事をしてるなら」
「いいえ、いいえ。自分でも分からないのです……。どうして、涙が出るのか」
「……そう、良かった。可愛いレイ。たくさん悩むといいわ。そうやってみんな、夫婦になっていくのよ。あなたたち、とてもお似合いなんだもの。だからね、あなたはあなたらしくいればいいの。クライヴだって、そんなあなたを望んでいるはずよ」
「……ええ、叔母様」
「あ、そうだわ。あなたにプレゼントがあるの」
話題を変えるためか、フランチェスカは立ち上がって部屋を出ていく。数分後に戻って来た時には、小さな箱をその手に携えていた。
「少し早いけど、お誕生日おめでとう、レイチェル。ヴァンパイアだけど、二十三歳、よね?あなたに似合いそうなブローチを見つけたの。気に入ってくれると嬉しいのだけど」
「ええ。ありがとうございます。大切にしますわ」
そう言ってレイチェルは泣きながら、宝物のように、箱をぎゅっと抱きしめたのである。




