気を付けて
後日、ディックが男爵家から放逐された、という話がレイチェルの耳にも入ってきた。
ちなみに、出どころはアリシアである。レイチェルの元婚約者で、しかも酷い扱いを受けていたと知って、あなたを一人にするのではなかったわ、とクライヴと同じように案じてくれた。レイチェルには、その優しさで十分だった。
そのアリシアによれば、母親の実家に入れられ、今後一切社交界には出さないそうだ。ガーデンパーティの翌日、クライヴとレイチェルが揃って男爵家を訪れ、男爵に抗議した結果だろう。
婚約解消も同じ理由だと知っている男爵は、青ざめた。一度ならず二度までも、と。せっかく幸せに暮らしていたのに、というレイチェルの泣き落とし──ふりだが──も、功を奏したらしい。
社交界でも、レイチェルに同情する声が聞こえる。ディックの評判は地に落ちた。そういうわけで、レイチェルは無事、平穏な日々を取り戻していた。
そんなある日のこと。
「どうですか。変ではありませんか?」
自分の姿を確認しながらのレイチェルの言葉に、クライヴが苦笑する。
レイチェルは深い緑色のドレスを着ている。胸元や袖口に小花の刺繍が散りばめられた、訪問用の少し簡素なドレスだ。
どこかそわそわしていて、いつもの落ち着いたレイチェルらしさが欠けている事が、クライヴには少し可笑しい。
一緒に暮らすようになって今まで、色んなレイチェルの表情を知ったクライヴにも、今日のレイチェルは珍しく映る。
「今日はどうした。いつもならそんなことは聞かないのに」
「だって、フランチェスカ叔母様に会うのですもの」
そう。この日レイチェルは、フランチェスカとの約束があるのだ。会ってお話がしたい、というレイチェルの手紙に、快く応じてくれた。
「フランと会うのが余程嬉しいようだな。そんなにはしゃいで。少し妬けてくる」
「あら。では一緒に行きます?」
「いやいや。遠慮しておく」
クライヴが苦笑するのとほぼ同時に、エディが姿を見せた。
「奥様。子爵家の馬車が参りました」
「ありがとう。すぐ行くわ。それではクライヴ様、行ってまいります」
「……レイ」
微笑んで言って、足取りも軽く出て行こうとするレイチェルを、クライヴが呼び止める。そして、振り返ったレイチェルに微笑みながら言った。
「よく似合っているぞ。気をつけて行ってくるといい」
その言葉にレイチェルは何も言わず、ぎこちなく笑って出ていく。それもレイチェルらしくなかったから、クライヴは首を傾げながら見送った。




