自分の気持ちが
レイチェルの言葉を渋い顔で聞いていたクライヴは、ため息を吐きながら、苛立ったように前髪をかき上げた。
「とんだ外道だな。あんな奴は地獄に落ちてしまえばいい」
珍しくそんな言葉を口にしたクライヴをレイチェルがじっと見つめていると、怪訝そうに首を傾げる。レイチェルは、不思議そうな、驚いたような、よく分からない表情をしていた。
「何だ?」
「クライヴ様でも、そんな言葉を口にするのだな、と」
「あぁ……。すまない」
「謝らないでくださいな。ただ新鮮だっただけですのよ」
ふるふると首を振って笑いながら言ったレイチェルだが、クライヴはまだ苛立ちが収まらないのか、拳を握りしめている。
クライヴが自分の為に怒っているのだという事が、レイチェルの胸を温かなもので満たす。
「こんなに腹が立ったのは久しぶりだ。次会ったら殴ってやる」
「駄目ですわ。クライヴ様が手を痛める程の相手ではありませんもの」
「……レイがそう言うのならやめておこう」
あっさり引き下がったクライヴに笑い、それから急に気が付いたかのように口を開いた。
いつの頃からかクライヴはたまに、レイ、と呼ぶ。それがあまりにも自然すぎて、この日までレイチェルは気にも留めていなかった。父と兄以外の男性に、レイと呼ばれた事なんて無かったはずなのに。
「そういえば、いつからそう呼んでましたかしら?」
「嫌か?」
「いいえ、まさか」
「なら問題はないな。……頬は痛むか?」
「いえ。そんなに腫れています?」
「今戻れば、俺がやったと疑われそうなくらいには。傷は塞がっても、腫れはすぐには引かないのだな」
「不思議ですわよね」
ふふっと笑うのとほぼ同時に頬に口付けられて、驚いたレイチェルが瞬きをする。そんなレイチェルにクライヴは、楽しそうな微笑みを浮かべていた。
レイチェルは、悪戯が成功して喜ぶ子供の様なその微笑みを、ただ静かに見上げる。
(あぁ……。わたくしは……)
胸が締め付けられる程の切なさを、この瞬間にレイチェルは感じた。けれど、クライヴは何も気が付いていない。
「前にこうやって、熱を下げてくれた事を思い出した。まあ、俺には無理だが」
「……その気持ちだけで、わたくしには十分ですわ」
「今日はもう帰ろう。ああそうだ、日傘を。影になって分からないように。体調が優れないと言えば、すぐ帰っても何も言われないさ。殿下に知られたら、さらに勘違いされるのだろうが」
行こう、と手を引かれながらレイチェルは、気がついてしまった自分の気持ちを、どうやって処理したらいいのか分からなかった。
クライヴにとってレイチェルのこの感情は、不必要なもの、そう思ったから。
この日から、レイチェルはクライヴの血をもらうことをやめたのだった。




