最悪だな
「お父様と男爵夫人の仲は、当時伯爵だったおじい様に認めてもらえず、お父様は伯爵令嬢であったお母様と結婚しました。けれどおそらく今でも、忘れられないのでしょう。お父様の書斎で、ただ近くで想うだけでも許してくれ、という風な内容の手紙を見つけましたから」
「それは何と言うか……。伯爵夫人が知っていたとしたら、辛いな」
「お母様はたぶん知っています。けれど、お父様に意見するような事は出来ない人ですから。その分の愛情を全て、わたくしたち兄妹に与えてくれたのでしょう」
「……あの男のあの様子だとそれを知って、軽蔑しているのか?」
それはどうだろう、とレイチェルは思う。ヴァンパイアとなってようやく知った事を、あの男が知っているとは思えない。伯爵だって出せない手紙を書斎に溜めるくらいで、世間体の為に隠すはずだ。
両家は婚約する時にたった一度顔を合わせただけであり、その時に果たして伯爵の想いを見抜けるものだろうか。男爵でさえ知らないその事を。
男爵が知っていれば、婚約の話しは最初から無かっただろうに。それだけが、レイチェルには少し残念だ。元婚約者、というのはいつまで付きまとうのだろう。そう考えて、今後一切の関わりが無いようにして貰わなければ、と密かに心に決めたのだった。
「……たぶん、違うと思いますわ。さっき、伯爵家側から婚約解消された事が気に入らない、と言っていました。そしてあなたにわたくしがヴァンパイアだとばらす、と。お父様の事は何も言っていませんでしたし、わたくしが幸せでなければいい、と言っていましたので。あれは母親の元恋人で、未だ想いを寄せる男の娘を軽蔑する、というよりは、わたくし自身が気に入らないようでしたわ。だって、婚約解消してしまえば無関係でしょう?」
「そんな事まで言われたのか。最悪だな」
眉間に皺を寄せたクライヴに苦笑するが、その言葉には大いに同意した。
「最初は紳士的だったのですけれどね。それが、わたくしが冗談で口にした言葉が気に入らなかったらしく……。それからは、叩かれるなんてしょっちゅうでしたわ」
「相談はしなかったのか?」
「怖くて。今だと言えましたけれど。あの頃は本当に怖くて……。やっと相談したのが17歳の時で、いよいよ結婚の話が持ち上がったので、お母様に話しました」
「気がついていたんじゃないか?」
「ええ、おそらく。お父様は渋ったようですが、婚約は解消されました。今日はわたくしが一人になる機会があると踏んで、わざわざ代理になってまでやって来たのでしょう」
何と言う執念深さ。それをこれからは他の事に役立ててほしい、とレイチェルもクライヴも口を揃えた。




