手を引かれるままに
衝撃が来ない事に目を開けながら顔を上げたレイチェルの目に、ディックの腕を掴むクライヴの姿が映る。
その背中は、いつになく頼もしく見えた。
「クライヴ様!」
「俺の妻に何をしようとしていた」
底から響くような低い声でそう言って、腕を掴む力を強める。僅かに顔を歪めたディックは、無理矢理腕を引き離すと、クライヴから距離を取った。
さすがのディックも、侯爵を怒らせては男爵家としても不味い、という事くらい分かっているはずだ。大勢の前でレイチェルの正体を明かさず、一人になった隙に訪れた時点で底は知れている。
つまり、ただレイチェルをいたぶりたかっただけなのだ。国王夫妻もいるこの場で、そんな事をしようと思うなど不敬罪に問われても仕方ないと思うのだが。そんな思考を、ディックに期待するだけ無駄だとレイチェルは知っているし、一瞬でクライヴも見抜いた事だろう。
ディックはクライヴと目を合わせず、苦し紛れの言葉を発する。
「……別に、虫がついていたので」
「ではなぜ倒れている?」
「さあ。石にでも躓いたのでは」
「殴ろうとしていたように見えたのだが?それに、転んで頬だけがこんなに腫れるのか?」
「そういう事もあるでしょう」
「……まあいい。この件は男爵に報告させてもらう。レイ、行くぞ」
ため息混じりにクライヴはそう告げると日傘を拾い上げ、レイチェルの手を引いて立ち上がらせた。そうして手を引かれるままに、レイチェルは歩き出す。
クライヴはずんずんと勢いよく進んで行くため、その背について行く事で必死のレイチェルである。広場の方へ戻ると思いきや、広場へ続くアーチを通り過ぎた。そしてさらに、薔薇園を進んで行く。
おそらく、何度も同じ場所をぐるぐる回っているのではないか。どうせならゆっくり見て歩きたいのに、とレイチェルはこっそり思う。
しばらく手を引かれるままに歩いていたら、いつの間にか、さっきまでの鬱々とした気持ちは晴れていたのだ。
「あの、クライヴ様。そろそろ戻りませんか?」
ようやくレイチェルがそう呼びかければ、ピタリと足を止める。ぶつかりそうになりながらレイチェルも踏み止まり、クライヴの言葉を待つ。
背を向けたままのクライヴは、しばらく何も言わない。
やがて。
「……すまない」
振り返らずに謝罪を口にするクライヴに、レイチェルは首を傾げる。謝られる心当たりはない。
むしろ、ディックが同じ場所に居ると知っているにもかかわらず、軽率にも一人になってしまった自分の方が謝るべきだろうと思った。




