毛の逆立った猫のよう
薔薇のアーチを潜り広場を離れると、黄色や橙色の薔薇に囲まれた小道が続く。僅かに入り組んでいるのは、なるべく長く楽しんでもらいたい、という考えからだろう。
だが今のレイチェルは、薔薇を眺めながらゆっくり歩けるような、そんな心境では無かった。せっかく楽しみにしていた、ガーデンパーティーだったというのに。
この小道をさらに進んで行くと、赤と白の薔薇に囲まれた東屋が現れる。レイチェルはその東屋の椅子に座り、ため息を吐きながら膝の上で日傘を握りしめた。
「……どうして」
今になってあの男と再会してしまったのか。そもそも、次男である彼が何故、父親の代理になってまで、この場所にいるのか。本来代理になるべきは、長男のはずだ。
思い出したくも無かった記憶が、呼び覚まされていく。頭を振って振り払おうとしても、一度思い出してしまえば、止めどなく溢れてしまう。
ギリっ、と唇を噛みしめたレイチェルの口内に、血の味が広がった。
「レイチェル」
ねっとりとした声で名前を呼ばれ、肩を揺らして顔を上げる。いつの間にか、ディックが東屋の入り口に立っていた。しまった、と立ち上がるが、意に反して体がそれ以上動かない。
今の自分では、すぐに捕まってしまうだろうと思った。過去の記憶が、レイチェルにそう思わせた。僕から逃げるな、と何度も言われた言葉がレイチェルの脳裏に蘇り、見えない糸でその体を縛っている。
ヴァンパイアとしての力を発揮すれば逃げられるかもしれないが、それは人前では力を使わない、という教会との規約に違反する。そもそもこの時レイチェルは、動揺してその考えにも及ばなかったが。
「こんなところに隠れていたのか」
「……それ以上近づかないで!」
自分の身を守るように日傘を胸元に持ち、声をあげる。が、ディックは苦笑するだけだ。反対側からそっと東屋を出て距離を取るレイチェルを、ただ黙って見ている。隙を見て逃げ出そう、と考えるレイチェルを見透かすように。
「毛の逆立った猫のようだな。僕に反抗する気か?面白い冗談だな」
「……何の用?」
「旧交を温めようとしただけじゃないか」
「わたくしはもう、あなたとは何の関係もないのよ」
白々しい言い分に、レイチェルの語気も荒くなる。旧交を温めようなどという気が、この男にあるわけが無い。あるとすれば、自分より下だと思っている人物への、嗜虐心だ。
この男は、女に容赦なく手を上げる、最低な男だ。それを知っていたら、最初から婚約なんて大反対した事だろう。だからこそ婚約解消が決定した時は、どれほど安堵した事か。




