美しさ
「どうしたんだ。真っ青だぞ」
その言葉に、レイチェルはクライヴから顔を背けた。自分が真っ青になっているという自覚は、もちろんレイチェルにもあった。何せ、ヴァンパイアになって初めて、寒いと感じたのだ。
だが、レイチェルは頭を振ってそれを振り払う。自分はもう、あの頃とは違うのよ、と。
「大丈夫ですわ。それより、早かったですわね。お陰で助かりましたけど」
「ああ、すぐそこで会って。本当に大丈夫か?」
「ええ。少し嫌なことを思い出しただけですから」
「レイ……」
「あ。王妃様がご挨拶するようですわ」
クライヴが何か言おうとするのを遮り、レイチェルは庭の真ん中に立つ王妃を見つめる。異国から嫁いできたという王妃は、長い黒髪のサイドを結い上げ、後は背中に流している。きっとこの髪型が今後流行る事だろう。
ほっそりとして背が高く、凛とした佇まいをしている。一見すると儚げだが、その声は力強く瑞々しい。揃った招待客は誰もが静かに、王妃様の言葉を聞いていた。
「いつ見てもお美しい方。もう四十は超えていらっしゃるはずなのに。秘訣は何かしら」
ひっそりとしたレイチェルの呟きに、クライヴは苦笑する。先ほどの事を聞きだす事は、ひとまず置いておくことにした。あんなに真っ青になったレイチェルを、クライヴは初めて見たのだ。落ち着いてからゆっくり聞こう、と考えている。
話してくれるかどうかは、まだ分からないが。
「レイも、いつ見ても美しいと思うが」
その言葉にレイチェルはクライヴをまじまじと見つめて、ため息を吐いて反らした。言葉にするのは苦手なはずなのに、時折こうして真っ直ぐな言葉を口にするのが、クライヴの少し困ったところだと、ある時からレイチェルは思っているのだけれど。
「……あんな風に、年を重ねてもなお持てる美しさを、わたくしはもう持てないのです」
いつか灰になるその日まで、レイチェルの姿は変わらない。初めはそれでいいと思っていた。だが、今は違う事も考えてしまう。
誰かと、出来れば愛する人と、一緒に朽ちていきたかった、と。
まだ小さかった頃のレイチェルには、それなりに結婚への憧れがあった。幸せな家庭を築き、子供を産み育て、穏やかに日々を過ごしたい。しわくちゃのおばあさんになっても、幸せだったと思いながら眠りにつきたい。
婚約してから砕け散ったその夢を思い出した理由を、きっとレイチェルは知っている。けれど未だ、目を反らしているのだ。切ないほどに胸を締め付ける、その感情から。




