感謝している
晩餐会の夜から数日後、アッシュベリー侯爵邸に一通の手紙が届いた。
レイチェルがいつものように、客用談話室で読書をしていた時の事だ。いつもなら手紙を持ってくるのはエディなのだが、この日はクライヴが持ってやって来た。
「レイチェル。そなた宛に郵便だ」
どうしてクライヴ様が、と思いながらレイチェルは口を開く。
「誰からです?ご機嫌伺いの手紙なら後で……」
レイチェルに宛てられる手紙は、母からの手紙かお茶会への招待状、もしくは社交辞令的な手紙くらいのもの。わざわざクライヴが持ってくるほどのものでは無い。怪しいものが入っていないかどうかの検閲を終えたエディが、いつもまとめて持って来てくれる。
だからレイチェルもそう言ったのだが、クライヴからの次の言葉にはさすがに驚いた。
「殿下からだ」
「まぁ!すぐにお返事を。でもどうしてわたくしに?」
「俺宛ての分と一緒にな。それからもう一枚同封されていた」
二枚の便箋を渡されたレイチェルは、そこに書かれた名前を不思議そうに眺める。
「……知らない名前ですわね」
「とにかく読んでみるといいんじゃないか?」
クライヴに促され、レイチェルは手紙を開いた。まずは王太子殿下からの手紙に目を通す。
それは、体調が悪かったとは気がつかず、申し訳ない事をした、体を大事にしてほしいという旨の手紙である。
自然と隣に座ったクライヴにも見せながら、レイチェルは微笑む。綺麗に整った字からも、その人柄が表されているようだった。
「殿下はお優しい方ですのね」
「そうだな。いつも気遣ってくださる」
「ただ、体調不良の理由は勘違いされているような気もしますが」
「だろうな。その勘違いは殿下では無く、妃殿下なのではと思っているのだが」
揃って苦笑しながら、レイチェルはもう一枚の手紙を読み進める。
「こちらは……、あら、あの時の子ですわね」
まだ子供らしい字で、精一杯のお礼の言葉が綴られていた。本来、下働きの少女が、貴族の奥方に手紙を書くなんてありえない事だが。
一生懸命書いてくれたことが嬉しくて、レイチェルの顔に笑みが浮かぶ。あの時、レイチェルに恐怖を感じていれば、こんな手紙は書けないに決まっている。
「けれど、よくわたくしだと分かりましたわね」
「ハンカチを返したがっていると侍女長から聞いた殿下が、聞いた特徴からすぐに分かったそうだ。それに、ハンカチにイニシャルを刺繍していただろう。それで、手紙を同封しよう、と気を利かせたようだな。ちなみに、そのハンカチはまだ汚れが落ちないから、また後日という話だが」
「そうでしたの。そのハンカチはその子に差し上げてもよろしいですか?」
「もちろんだとも。良かったな。レイチェルの行動も無駄ではなかったようだ」
「わたくしも、あの子には感謝していますわ。あの子のおかげで、自分の中の恐怖を知れましたもの」
「そうだな。自分の弱さを知り、克服しようとするのは大事な事だ」
生真面目な顔で言うクライヴにレイチェルは笑い、さっそく二人に手紙の返事を書こう、とペンを取ったのである。




