あなたのおかげで
銀色の月光が降り注ぐ夜、王太子の宮殿では晩餐会が催されていた。
王太子と妃、まだ小さな王女の夏の住まいであるその宮殿は、赤煉瓦造りで濠に囲まれている。正面に位置する跳ね橋は毎晩引き上げられ、よからぬ者の侵入を防ぎ、住民たちを守っていた。
今夜も招待客が揃うと橋は上げられ、門は閉ざされている。まるで、孤島に取り残されてしまったかのようだ。
一見すると強固な屋敷を初めて目にしたレイチェルは、王太子もそのような性格なのだろうか、と一瞬考えたのだけれど、彼についてはまったくそんな事は無く、穏やかで人当たりのいい青年だった。
赤茶色の髪と瞳、正装である漆黒の騎士服を身に纏った姿は、気品に溢れて麗しの貴公子と呼ぶにふさわしい。
クライヴの3つ年上の28歳にもかかわらず、クライヴと並ぶと王太子の方が年下に見える。レイチェルがこっそりそう耳打ちすると、よく言われていたとクライブは苦笑した。
王太子妃も隣国の王女という割には気さくで、招待客が退屈しないようにとの心配りが素晴らしい。レイチェルを王太子の隣の席にしたのも、女性客の中で最も地位が高いからというだけではなく、気を遣っての事だろう。
何せレイチェルは、王太子が兄弟のように一緒に育ったクライヴの妻だ。聞きたいことは、きっと山ほどある。
「クライヴはどうですか。困らせたりはしていませんか?」
「いいえ、殿下。クライヴ様はとてもお優しいですもの。いつも楽しく過ごしております」
惜しげもなく振る舞われる食事に舌鼓を打ちながら、そんな会話を交わす。晩餐会は夕食とお喋りを楽しむのはもちろん、人脈を広げるのにも重要な場だ。
今回は王太子に招かれたというだけでも、それなりに名誉な事であるけれど、気を抜いてもいられない。ここで失態でも犯せば、今後の出世が見込めない可能性もあるのだから。
とはいえ、ついつい気を緩め、楽しめた故の行動ならば、王太子も大目に見てくれることだろう。何より、楽しむことが重要だ。
「それは良かった。退屈していないだろうかと、心配していたのですよ。ほら彼、少し真面目過ぎるでしょう?」
レイチェルの言葉に笑って言った王太子に、レイチェルは生真面目な顔で頷く。
「それはよく分かります」
「ふふ。ですが最近表情が柔らかくなったと、もっぱらの評判ですよ。あなたのおかげですね」
「そうでしょうか?」
「ええ、それはもう。先日見かけた時も、楽しそうでしたよ」
王太子は柔らかく笑って、向かい側に座るクライヴに目を向ける。招待客と話しているクライヴは、時折笑みを浮かべながら、落ち着いた様子でそつなく会話をこなしているようだった。
侯爵を継いでからのクライヴが、どれほど苦労したかは想像するしか無いが、王太子はずっと案じているのだ。




