娘の幸せが一番
「大丈夫ですわ、お母様。クライブ様は全てご存知です。すべて知った上で、わたくしを妻にと、望んでくださったのです」
そうですわよね、とレイチェルは微笑みを浮かべながら、クライヴの手に自分の手を添える。クライヴはレイチェルに目を合わせて、しっかりと頷いた。
けれど、夫人はまだどこか、納得していないようだった。
「……そう、なの?」
二人に交互に目を向ける夫人の言葉に答えたのは、クライヴである。
「ええ。ですからどうぞご安心を。不自由な思いはさせません」
微笑んで言ったクライヴだったが、それでもなお夫人の顔は晴れない。何の前触れもなしに結婚すると言われて、困惑するのも当然だろう、とクライヴは思う。しかし夫人の懸念は、もっち別の所にあるようだった。
だがそれが何なのかを知る前に、それまで黙っていた伯爵が口を開いた。うむうむ、と一人で納得したように頷いている。
それをレイチェルは冷めた目で見ていたが、決して目が合う事はない。この部屋に集まってから一度も、伯爵はレイチェルを見ないのだ。
クライヴはそれに気がついていたものの、レイチェルが何も言わないから、余計な発言は控える事にしていた。
「それならば問題はありませんな。いや、アッシュベリー侯爵様でしたら、安心して娘を任せられます」
わざとらしい笑みを浮かべる伯爵に、夫人が不安そうな瞳を向ける。このまま結婚させてもいいのか、と問うている。
今はいいかもしれない。けれどレイチェルは、ヴァンパイアなのだ。その夫人の逡巡が、レイチェルには手に取るように分かる。
「でもあなた……」
「お前も言っていただろう。娘が幸せなのが一番だと」
「それはそうですわ。でも……」
「ならばよいではないか。侯爵様、今夜は泊まって行かれますかな?」
伯爵は夫人の迷いを切って捨て、クライヴに向けて言った。クライヴはその光景に、首を横に振る。伯爵はともかく、夫人にはレイチェルと話す時間が必要だ。
「いえ。後日迎えに参ります。支度もあるでしょうし、それまでは、家族で過ごすのが良いかと」
「おお。お気遣い感謝いたします。それまでは家族水入らずで過ごすとしよう。なあ?」
そう夫人に言った伯爵の言葉には、有無を言わせぬ響きがあった。だから夫人は、結局頷くしかない。
笑いながら、クライヴと今後の予定を立てている伯爵を、レイチェルは先ほどのように冷めた瞳で見つめた。きっと、いい厄介払いが出来たと思っているのだろう。娘が幸せかどうかなど、伯爵にはどうでも良いのだ。