つまらないもの
「これまでの旦那様でしたら、少し良くなったと思えば、今頃仕事を再開しているところです。奥様のおかげで、今は大人しくお休みなのでしょう」
「体調が悪いのに?」
それは逆に体に毒だわ。そう続けたレイチェルに同意するように頷き、エディは言葉を続ける。
「侯爵位を継いでから、旦那様は焦るように仕事をしておりました。最近は落ち着いてきましたが、それまでは真夜中まで仕事をしている事も多々ございまして」
「まあ。それはいけないわね。無理をしても、いいことなんて何もないもの。今日のように倒れては、その分仕事も滞るでしょうに」
「私も何度そう申し上げたことか。しかし、奥様が来られてからは楽しいご様子。おかげで余裕も生まれ、根を詰めすぎるような事も無くなりました。感謝しております」
エディにとってクライヴは主人であると共に、小さい頃から見守ってきた、大事な存在なのだろう。その穏やかな声から、それがよく伝わって来る。
しかし、果たして自分はそんなにクライヴに対して影響力があるのか、とレイチェルは首を傾げてしまう。クライヴにとって自分は、ただ興味ある対象として見ているだけのはずだ。
頭を下げるエディに、そんなまさか、と言ってみても、顔を上げたエディのニコニコとした笑みは消えない。むしろ、照れているのだろう、と思われている気すらした。
「わたくしは、そんな感謝されるような事は何も。ただ……。ただ、ヴァンパイアになってから、こんな生活は諦めていたから。まだ1ヶ月だけれど、楽しいと思えるようになって来て、それで……。わたくしは、自分の思うままに過ごしているだけで……」
自分でも何を言いたいか分からず、しどろもどろに言葉を紡ぐ。それでもエディが口を挟まず黙って聞いてくれている事が、レイチェルにとっては嬉しかった。
この屋敷は優しい人ばかりで、だからレイチェルは、何の気負いもなく過ごせている。仮初めの結婚だとしても、それは素直に嬉しい。
「……クライヴ様に元気が無かったら、わたくしが、つまらないもの。ただそれだけよ」
結局、最終的に絞り出した言葉はそれだったが、エディは嬉しそうだ。
「それで良いかと思います。これからも旦那様をよろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げてから、エディはその場を後にする。それを見送ったレイチェルの顔に、少し気が抜けたような笑みが浮かぶ。
いつも何を考えているか分からないようなエディに、認められたような気がして嬉しかったのだ。少しして、レイチェルは足取りも軽く、自分の部屋へ歩いていった。




