では、そのままで
伯爵家の馬車で帰宅したレイチェルは、玄関ホールに入ってすぐエディに出迎えられた。四六時中忙しなく動き回っているのに、いつだってエディは主人の帰宅をいち早く察し、柔らかい笑顔と共に姿を現す。
「お帰りなさいませ、奥様。お茶会はいかがでしたか?」
「ただいま。楽しかったわ。アリシア様も良い方だったし。またお話をしたいと思う方ね。ところで、クライヴ様は書斎かしら?」
「それが……」
珍しく言い淀むエディに首を傾げ、次いで言われた言葉に、レイチェルは僅かに目を見張った。
そのまま、着替えもせずにクライヴの部屋へ向かうと、ベッドの側に椅子を引き寄せて座る。その気配に気が付いたのか、元々眠ってはいなかったのか、クライヴはうっすらと目を開いた。
そして自分を見下ろすレイチェルを認め、小さく笑う。
「……帰ったのか」
クライヴの顔は赤く、目が少し潤んでいるように見えた。荒い呼吸の中で発せられる声はかすれ、小さく響いただけだったか、レイチェルにはしっかりと聞こえている。
「ええ。そうしたら倒れたと聞いて。やはり体調が悪かったのですわね。わたくしがもう少し、気が利けば良かったのですが」
「……レイチェルは悪くない。俺が不甲斐ないだけだ。茶会は楽しかったか?」
「はい。中々有意義な時間でしたわ」
「それは良かった。……あぁ、悪いが、水をくれないか」
「ええ。起きられますか?」
水差しに手を伸ばしながら、レイチェルは問いかけた。クライヴは頷き起き上がろうとするも、高熱のためか体が重く感じられ、起き上がる事すら出来ずに苦笑する。
「……駄目だな」
「では、そのままで。じっとしていてくださいね」
「は?」
そう言ってレイチェルは水を口に含むと、ベッドの端に移動した。そして戸惑うクライヴをよそに、躊躇いもなく口移しで水を飲ませる。
クライヴが飲み込んだのを確認して唇を離し、何事も無かったかのように椅子に座り直したレイチェルに、クライヴは再び苦笑を向けた。
「うつるぞ。レイチェルまで倒れたらどうするんだ?」
「大丈夫ですわ。これくらい」
「……中々大胆だな。我が妻は」
クライヴがそう言ってさらに苦笑すると、緊急事態でしたから、とレイチェルは微笑んで答える。確かに貴族の淑女としてあるまじき行いであり、吸い口を使えば済むものを。あえてそれは横に置いておくレイチェルである。
そもそも、自分の行動にも驚いているのだ。笑って誤魔化すくらいは、許してほしい。




