月の光
舞踏会から帰宅後、二人は就寝の挨拶を交わし、それぞれの部屋へ戻った。
レイチェルは化粧を落として軽装に着替えると、血の入った小瓶を手に、サンポーチの椅子に座る。窓から月の光が差し込み、銀色の海にいるかのようだ。
目を閉じてその光を浴びながら、ヴァンパイアは月の満ち欠けに比例して力が増す、とレヴィが言っていた事を思い出す。レイチェルも例外では無いが、元々ヴァンパイアと同じ力はないため、少し速く走れたり、少し高く跳べたりする程度。
とはいっても、既に人間では無く、ちょっとやそっとの事では死んだりしない。人間のかかる病にはかからず、大怪我も再生出来る。その為に必要な血は、簡単に、そして自由に手に入れる事が出来るのだ。
こんな夜の舞踏会のパートナーは、もしかしたらヴァンパイアかもしれない。そう考えながら目を開けたレイチェルの瞳が、深紅に輝いている。レイチェルは瓶の栓を開けると、それを口に流し込んだ。
かつて友人に言われたように、薔薇の香りがする血を持つから、好みがそれに寄るのだろう。今口にした血も、爽やかな花の香りがした。こくりと喉を潤した血に、自然と満足した吐息が零れる。
血が美味しいと、レイチェルが感じるようになったのは、初めて人の血を口にした時だろうか。それまで、教会からの支給の他には、レヴィの血を貰っていた。レヴィの血はレイチェルの体に流れるものと同じため、美味しいというよりは普通としか思えないけれど。
最初は抵抗していたレイチェルに容赦なく、練習と称しては自分の腕を噛ませていたものだ。一口でも口にしなければ部屋から出してもらえないのだから、今思えば厳しい教育だわ、とレイチェルは苦笑しながら立ち上がる。
瓶を片付けるために階下に降りて行く途中で、居間の明かりが漏れていることに気が付く。消し忘れかしら、とレイチェルが覗いた居間では、ソファで座ったまま寝ているクライヴがいた。
静かに歩み寄り、顔を覗き込む。
「クライヴ様?……しょうがないこと。この時期でも夜は少し冷えますのに」
呼びかけに反応が無い所を見て、上かけでも取りに行こうと背を向けた。
「……フラン」
「え……?」
聞こえた呟きに振り返る。呼び間違えたわけでは無く、寝言らしい。それもそれで問題だが、レイチェルは瞬時に、クライヴにとってフランチェスカがどんな存在だったかを悟った。
とはいえ、それを知ったからと言ってどうするというわけでもなく、レイチェルは上かけを取りに向かったのである。




