まるで猫のよう
広間を見ながら、男性と目が合うと自然に微笑んでしまうのは、身に付いてしまった癖だ。血を貰うためには、花のようでいなさいと、レヴィに言われていたものだから。
優雅に、華麗に、けれど大胆に。せっかく美しく生まれたのだから、それを使わない手は無い、とレヴィはよく言っていた。レイチェルには少しわからない感覚だけれど、レヴィには、それが一番の楽しみだったようだ。
ふと、結婚したばかりなのに、などという密やかな声が聞こえると、いけないいけない、と表情を引き締めた。クライヴの評判を落とすようなことは、レイチェルも望まないところだ。
耳のいいレイチェルには、クライヴを揶揄するような声も、しっかりと聞こえていたが。ああいうのが好みなら私も行けたかしら、とか、あれだとすぐに浮気されるわ、とか、夜の方はどうなのかしら、という下世話な話題まで。
(よく、ああも口が回ること。いっそ声をかけてみようかしら。きっと楽しいおしゃべりが出来るわ)
などと考えていた時、レイチェルは一人の人物と目が合った。
金髪碧眼。スラリとした長身。まさに物語の中の王子様のような。レイチェルは目を見開いて、我知らず立ち上がった。その人物は柔らかな笑みを浮かべると、踵を返してテラスの方へ歩いていく。
するすると、人の間を滑るように歩き去っていく様子は、まるで猫のようだった。
レイチェルは追いかけようと一歩を踏み出しかけて、辺りを見渡す。クライヴはまだ戻って来ない。飲み物を貰いに行ったところで、誰かに捕まってしまったのかもしれない。レイチェルはしばらく逡巡したが、結局はその背中を追いかけることにした。
人の波を器用に縫うように進み、テラスへ出る。まだ夜は始まったばかりのためか、誰の姿もない。ダンスが始まれば、男女が友好を深める場所になるのだろうが。
広いテラスを歩き、端まで辿り着くと空を見上げてため息を吐く。空に輝く三日月が、優しくレイチェルに光を落とす。深緑の香りのする風が、程よく熱気を冷ましてくれた。
「どこに行ったのかしら。相変わらず逃げ足が早いのね、レヴィったら」
拗ねたようにレイチェルが言った、その時である。
「呼んだ?」
背後から軽やかな声が聞こえ、ぱっとレイチェルは振り返った。そしてそこにいた人物を認めると、嬉しそうに顔を綻ばせる。
さっき目にしたのと同じ、さらりとした金髪と、澄んだ碧色の瞳。その姿を、やはりレイチェルが間違うはずがない。楽しそうな微笑みを浮かべる青年こそ、レイチェルに血を上げた張本人のレヴィだった。




