悪くない
レイチェルの言葉に納得するように頷いていたクライヴは、不意に笑みを浮かべた。何か悪戯でも思い付いた、少年のような顔で。
(その笑みは何かしら)
そう思うレイチェルに対し、クライヴは独り言のように、ぽつりとこぼした。
「では、足りなくなった分は補わなければならない、というわけか」
ちらり、と自分を見てくるクライヴに、レイチェルは深い深いため息を吐いた。何を言いたいのか、正確に察したレイチェルである。
「クライヴ様。そんなにわたくしに血を飲まれたいのですか?」
「まあ、興味はあるな」
いい笑顔でそんな答えが帰って来て、もう一度、レイチェルはため息を吐く。
レイチェルの知り合いの未亡人に、それを快楽としている人がいるにはいるけれど、クライヴの場合、本当に純粋な興味なのだろう。
(ここで頷いておかないと、毎日言ってきそうだわ)
心中でそんな事を呟き、仮にも夫婦なのだから、いつまでも引き伸ばしたってしょうがないわ、と思いながら口を開いた。
「では腕を出してくださいな」
「……こうか?」
首を傾げながら、クライヴは袖をたくし上げて、レイチェルの前に出す。レイチェルはその腕を両手で支えるように持つと、そのまま噛みついた。
「……っ」
チクリ、とした痛みに、クライヴは眉をしかめる。レイチェルが血を啜る音が、やけに大きく部屋に響いているような気がした。
背筋がざわざわとするのは恐怖か、それとも快楽か。クライヴにはこれまで、感じたことのない感覚だった。
しばらくしてから、とクライヴは思ったが、実際には1分にも満たない。レイチェルは目線だけ上げ、クライヴと目が合うと腕を離した。
口元を手で拭い、クライヴの腕に先ほど刺繍をしていたハンカチを巻き付ける。勿体ないとは思ったが、手近に包帯がないのだから仕方がない。
「いかがです?血を吸われたご感想は?」
小首を傾げるレイチェルに、少し青い顔をしていたものの、クライブは笑みを浮かべる余裕があった。
「ああ。悪くない」
その答えにレイチェルは目を丸くし、次いで苦笑する。いつも血を貰う時は暗示をかけ、記憶を曖昧にしてしまうから、感想など聞いた試しが無かったが。
ただ、こんな風に答えるのは、きっと他には居ないだろう。レイチェルにはそれが少しだけ、嬉しいと思った。
「本当に、おかしな人ですわね」
もはや聞きなれたセリフに、クライヴは苦笑した。レイチェルの言葉には、面白がっている響きしかないけれど、多くの場合はそうではなかった。




