器用だな
──……
午後2時を告げる、柱時計の音が響く。ボーン、ボーン、という音が、どこか懐かしさを運んでくる。
手元から顔を上げたレイチェルの目は、そのまま庭へと出られる大きなガラス扉の向こう、庭の様子を映した。緑が眩しい季節である。社交の季節と言ってもいい夏が、レイチェルは昔から大好きだ。
ヴァンパイアになって一番良かった事は、暑さ寒さをあまり感じなくなったことかもしれない、とさえ思うほど。
その季節の木々や花たちが、レイチェルに季節を教えてくれる。ヴァンパイアになって初めて、レイチェルはそれを知った。
自然と微笑みを浮かべたレイチェルが今いるのは、1階の客用談話室。そこにある、ふかふかとしたソファが、ここに来てからのレイチェルのお気に入りだった。私室にももちろんあるが、ゲストを招く部屋だけあって、内装も豪華である。
クライヴが後を継いでから、一度もゲストを招いた事は無く、長らく使用していなかった。それはもったいない、というわけで、クライヴが仕事している間、レイチェルはここで過ごす事にしているのだった。
と言っても、家でする事といえば、裁縫をするか本を読むかくらいのものしかないが。この時レイチェルは、白いハンカチに薔薇の刺繍を施していた。ふう、と息を吐いた所で、ノックの音とともにクライヴが姿を見せる。
「あら。お仕事は終わりですか?」
まあな、と頷いてクライヴはレイチェルの隣に腰を下ろした。クライヴの主な仕事は領地の管理。そして議会への出席と社交。
レイチェルにとっても、他の貴族たちと交流するのは立派な仕事である。結婚したという報せは、とうに方々へ届いている事だろうから、お茶会のお誘いがこれから多くなるに違いない。
きっと誰も彼も、あのアッシュベリー侯爵を射止めたのはどのようなご令嬢なのか、と興味津々だろう。
「器用だな」
レイチェルの手元を見て、クライヴが言う。言われた方のレイチェルは、得意なんですのよ、と微笑みながら答える。
クライヴは静かにその様子を眺め、レイチェルの手がてきぱきと動く様に、俺には真似出来ない芸当だな、と感動すら覚えていた。
「その途中で悪いが、そなたの血を少し分けて欲しい」
「ええ。いいですわよ」
そう言いながらレイチェルは手元のハンカチを脇へ置くと、躊躇いもせずに腕を差し出した。きちんと袖を捲って、素肌を露にするおまけ付きで。
それに少し戸惑ってしまったのは、クライヴの方である。そのあっさりとした様子に、苦笑を浮かべた。




