調子が狂いますわ
クライヴはレイチェルが手にとった瓶を、興味津々といった風情で覗きこむ。実際そうなのだろう。思わずレイチェルの顔に苦笑が浮かぶほど、すぐに質問が飛んでくる。
気になった事は、すぐに聞かないと騎が済まないのね、とレイチェルは思った。
「これは何の血なんだ?」
「さあ。よくは知りませんし、毎回違うので何とも。ただ、人の血では無い事は確かですわ。きっと何種類かの獣の血を混ぜているのでしょう。それに、鳥籠にいた頃に聞いた話ですと、吸血欲を抑える薬湯も混ぜているのだとか」
「やはり味は違うのか?」
「違いますわね。ヴァンパイアによっても、感じかたが違いますのよ。どうせなら、美味しいものが良いでしょう?」
「それは美味しいものなのか?」
「いつも、まあまあですわ。ですから、夜会に遊びに行くのですわ。吸血欲を抑えても、無くなるわけではありませんから」
そう言いながらレイチェルは瓶の栓を開け、匂いをかいだ。ヴァンパイアにも好みはあり、教会はその点の調査を怠らない。
レイチェルの場合、人間には分からないだろうけれど、甘い香りと味のものが好きだ。いつもそれを選んでいれば、教会も似た系統の物を用意してくれる。
人の血を貰う場合は、外見からでは分からない為、たまに失敗することもあるけれど。
もう二つの瓶も同じように匂いを確かめ、レイチェルは二本目の瓶を選んだ。常に瓶は三本ずつ与えられ、すべてでもいいし、その中から好きなものを選んでもいい、というスタイルになっているのである。
瓶を振って、レイチェルは満足そうに、ゆったりと微笑んだ。
「今日はこれにしますわ。残りは教会へ返してくださいな」
「それだけでいいのか?」
「わたくしには十分ですわ。それに、クライヴ様がいらっしゃいますから」
にこりと微笑むのは、まるで花が咲いたかのようだった。端から見れば、夫婦の仲睦まじい会話だが、レイチェルにとってはただの戯れの会話だ。
クライヴもそれを分かっているのか、笑ってその言葉を受ける。
「欲しい時はいつでも言ってくれ」
「……そんなに素直に言われると調子が狂いますわね」
はあ、とため息をつくレイチェルに再び笑うと、飲まないのか、と瓶を指差しながらクライヴは聞く。
そんなクライヴにレイチェルは、誰かさんが見ていない場所で、ゆっくりといただきます、と返した。
するとまた、それは残念だな、とクライヴが言うものだから、レイチェルはまた深いため息を吐いたのだった。