実は・・・
レイチェルはあの夜、伯爵令嬢として招待されていたからおとなしくするつもりだった、という気はまったくなかった。
夜会はレイチェルにとって遊び場なのだ。誰にするか見繕っていた、と言う方が正しい。シーズンはいつもそうやって、夜会を楽しむレイチェルだ。
「クライヴ様はとても退屈そうにしていらっしゃったから、いいかもしれない、とは思ったのですけれど。あの方が先に声をかけて来たものですから」
ダンスに誘われ踊った後、少し熱気に当てられたわ、としなだれかかれば、大抵の男性は外へ連れ出してくれる。
その後、人目につかなそうな場所に誘い、暗示をかけ、血をいただくのだ。
もちろん、レイチェルが狙うのは未婚男性で、あまり女慣れしていないと好ましい。その見定めもまた、レイチェルの楽しみのひとつ。
軽くそれを説明すると、クライヴはクツクツと愉しげな笑みを零す。
「あの男もとんだ災難だな。ところで、俺も狙われていたわけか」
クライヴが言うと、レイチェルはふふふ、と怪しげに笑う。普通、未婚の令嬢は、夜会ともなると結婚相手を探すものだが、レイチェルの場合は違う。
「わたくしに限らず、ヴァンパイアたちにとってああいった場は、血をいただく場所ですもの。中でも、仮面舞踏会が一番いいですわね。顔も名前も隠せますし。何より楽しいですわ。もちろん、あなたの妻になったのですから、控えますけれど。あの夜もそうお約束いたしましたし」
慌てて付け加えるように言ったレイチェルに、クライヴが明るく笑った。
「しっかりした娘だという事は知っていたから。そこまで疑ってはいない」
「え?」
驚いた声をあげるレイチェルに、クライヴは口を手で覆った。口が滑った、とぼそりと呟いている。
じー、っとレイチェルが見つめていると、目を泳がせてから、観念したように口を開いた。
「……実は、そなたは婚約者候補だったのだ」
「婚約者候補?」
「ああ。4年前の事だ。といっても伯爵も知らないだろう。まだ存命だった母が、どうかと薦めてきた。知り合いの伯爵の孫だと言って……」
「4年前というと、わたくしが事故にあった年ですわね。18の時ですから」
「それは知らなかったがな。俺はあの時、結婚は考えられなかったから、断ったのだが。もしかしたら、元からこうなる事は決まっていたのかもしれないな」
「丁度良い妻が見つかって、良かったですわね」
棘のある口調で言ったレイチェルに、クライヴは肩を竦める事で返事を返した。